表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/69

第二話

 父親に何かしら適当な言い訳をして(内容をあまり覚えてない)自室に引っ込んだ私は、なんとか混乱する頭を落ち着けようとした。


 突然頭のなかにあふれた記憶を信じるならば、今の私は前世の記憶を持っている。

 これが、本当に前世の記憶なのか、具体化しすぎた空想なのか。その辺りは考えだすと実に哲学的で、つまり終わりの見えない泥沼に足を突っ込むような行為なのでやめようと思う。

 私は私を信じることにする。これは前世の記憶である。



 前世の私は、日本という国に住むOLだった。小さな会社の総務課にいて、毎日数字とにらめっこしたりコピー機と格闘したり。

 残念ながら恋人はいなかった。あと三年、いや五年ほど時間があれば、電撃的な大恋愛をしていた――と信じたい。

 死因は交通事故だが、あまり痛かったとか怖かったとか覚えていないのが幸いだ。自分の方に突っ込んでくる車を見て、ヒヤッとしたのは覚えている。その後なんだかすごい衝撃を受けた気がするのだが、あまりに一瞬の出来事だった。

 親より先に死んだ親不孝者だったが、幸い兄妹がいるので両親の老後に心配はないだろう。

 何を成したかと言われると首を傾げるしかない短い人生だが、好き勝手生きていたせいか迷うことなく成仏したようだ。


 しかし先ほどから、自然に思い浮かぶ以上の細かいところを思い出そうとするとぼんやり頭が痛くなる。細かい作業で神経を酷使した時のような、不快な疲労感があった。

 おかげで、人一人の人生分にしては思い出せることがずいぶんと少ない。

 そのくせ、おかしなくらい鮮明に覚えていることもあるのだ。例えば前世でプレイしたとあるゲームのこと。その登場人物について。



 知恵熱が出たらしい頭を濡れたハンカチで冷やしていた私はふと思い立って、身長の優に倍以上ある姿見の前に立ってみる。

 鏡に映る自分にやはり違和感を感じるが、その原因が分かったせいか、不思議とためらいなく直視できる気がした。

 臙脂色のドレスの少女を、じっと見つめる。

 私が手をあげると、鏡の中の子も手をあげる。唇を横に引っ張ってみると、鏡の中の子もしっかり変な顔をしてくれた。

 黒い髪に白い肌というモノトーンの配色の中で、何もぬらなくても赤い唇と頬が目を引く。そう言うと前世の知識から『白雪姫』という単語が出てくるのだが、鏡に写るのはどうも童話世界のプリンセスという感じではない。ちょっときつそうな感じのするつり目だし、小さいけれど泣きぼくろがあるのだ。

 臙脂色のドレスも、さわやかとか可愛らしいという印象から遠ざかる一因だろう。リーリア公爵家のイメージカラーのようなものらしく、洋服ダンスに入っているドレスはほとんど全てこの色なのだ。

 精一杯の愛嬌でもって微笑んでみたが、不意にものすごく恥ずかしくなったのでやめた。


(ゲームの中でもこんな格好をしてた。笑っているイメージも全然ないわ)


 ゲームの中でのリコリス・ラジアータ。あえて『私』ではなく『彼女』と言わせてもらうが――彼女はゲームヒロインのライバル役、というかはっきり言って敵役だ。

 言うなればヒロインがヴォルフガング・アイゼンフートという青年と恋をする際の、乗り越えるべき障害だった。

 ヴォルフガングの婚約者として登場し、かなりアグレッシブに暴走する。彼女は親が定めた婚約者に対して異常な執着を持ち、ヒロインを執拗にいじめて傷つけ、多方面に脅迫行為を行い、時には自傷してでも自分の思い通りに事を運ぼうとする。怖い女だった。いわゆるヤンデレである。

 もっともヤンデレは彼女だけではない。ヴォルフガングという男性キャラもそうだし、その他のヒロインと恋愛をするキャラクターもみんなヤンデレだ。


(ゲームのタイトルは…………あれ?)


 なぜか、思い出せない。

 ゲームの中身についてはこんなに覚えているのに、おかしな話だ。確か日本語ではなかったような気がするので、前世で壊滅的だった英語能力が足を引っ張っているのだろうか。

 しばらく悩むが、やはり頭がほんやりとして重く感じられてくる。なんとなくすっきりしないが、諦めることにした。


 とにかくそれは、暴力的な言動と展開盛りだくさんで成人向け指定が付けられていたようなゲームだ。

 発売される前から、話題には事欠かなかった。ディレクター兼メインシナリオ担当が無類のヤンデレ好きでショタコンだとか(もともと小説家で、そんな話ばかり書いていたらしい)。サブシナリオ担当がユーザーに精神的ダメージを与えることに喜びを感じる人種で、過去に担当したゲーム作品のバッドエンドのえげつなさには定評があるとか。

 そんな中、タイトルに先んじて発表されたゲームのキャッチコピーは『いっそ君を、殺してしまいたい』


 現実に『リコリス・ラジアータ』として今ここにいる私にとっては、とてもじゃないが他人ごととは思えない宣伝文句だ。

 この場合の『君』はもちろんゲームヒロインのことだが、リコリスは言ってみればそのついでとばかりに殺されるわけで。


 そのエンディングについてはわりと細かく覚えている。

 ヒロインを傷つけまくったリコリスをヴォルフガングが殺害&ヒロインと二人で愛の逃亡生活エンドである。彼は高い身分ゆえの重責や信用出来ない親族たちというしがらみにとらわれているので、それらをすべて捨て去ってただ愛する人と二人きり。メリーバッドエンド。

 絶対回避したい。

 死ぬこともそうだが、絶望的な恋に身を焦がし、あげく周囲を傷つけるだけ傷つける人間になるなんて絶対に嫌だ。

 リコリスはゲームの中では脇役だったかもしれないが、今現在の私は私の人生において燦然と輝く主人公、唯一無二の主役なのだ。

 きっと幸せになってみせると、決意を込めて鏡の中を睨みつける。



 と、やっと情報の整理が一段落した頭に、父の言葉がフラッシュバックした。


『明日は初顔合わせだ。きっと君も、彼のことが気に入るよ』


 初顔合わせ。

 誰にって、婚約者で、将来自分が殺されるかもしれない相手に、だ。

 ザッと全身から血の気が引いた。


 いきなりの、ド修羅場である。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ