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第二話

「お、叔父様! 私そのいとこに会ってみたいわ!」

 とっさに口をついて出た私の言葉に、叔父は嬉しげに破顔し、父は苦い顔をした。


「リコリス、少しこちらに来なさい」


 父に従ってとことこ歩み寄ると、ちょっと厳しい顔を向けられた。


「リコリス。あまり他所の家の事情に首を突っ込んではいけないよ」

「でもお父様。いとこのことよ。お父様だってその子がどんな子か、どうしているか気になるでしょう?」

「それはそうだが……でもこのことは、特に叔母様にとってあまり他人に知られたくないことなんだ。わかるかい?」

「それは……。はい。分かります」

「では良い子で留守番していられるね?」


 父は叔父と一緒に行くつもりなのだと分かった。

 叔父が持ち込んだ相談というのがまさしくこのことなのだろう。そして父は現状を確かめに行く。

 父の言い分はまったく正しいのだが、その子供の名前が『シェイド』であると知った以上ただ手をこまねいていることはできない。


「お父様……」

 上手い言い訳も見つからず途方に暮れて、私はそれでも父の服の裾を掴んで『話はこれで終わりだ』と言われるのを引き止めようとした。

 それを見て父が眉をひそめる。

「…………そんなに、会ってみたいのかい?」

「は、はい。お父様についていってご挨拶するだけでもいいんです。絶対に余計なことは言いませんから、だからお父様、お願い……」


 父は、ふうと一つため息を付いた。




 ナーシサス・ランクラーツ叔父は、リーリア公爵邸から馬車で三十分という場所に妻と娘と共に暮らしている。

 彼の仕事は表向き、領地を空けることの多いリーリア公に変わって領地を治めること。父には兄妹がいないので、義弟であるナーシサス叔父がその任を務めている。

 といっても、実際に指示をだすのは父自身、様々な仕事の段取りを整えたり領民との折衝を行ったりするのは代官として赴任している人。じゃあ叔父はどんな仕事をしているのか。その辺りは多分子供が聞いてはいけないことなのである。

 ちなみに叔父の趣味は園芸だそうだ。ランクラーツ邸には素晴らしい温室があるとのこと。

 叔父は仕事で家を開けることはほとんどないが、目当ての園芸品種を手に入れるために遠出することはままあるらしい。う~~ん。

 叔父のとつとつとした話に相槌を打ちながら、しかし私の心はともすると『シェイド』に会えるかもしれないという期待(というか不安というか)に占領されていた。



「あの子はどこにいる?」

 屋敷に着くなり、ナーシサス叔父が壮年の執事にまったく前置きなしに尋ねた。心得た風ですぐによどみない答えが返ってくる。

「クリナム様とご一緒です」

 一つ年上のいとこ、クリナムに会うのも楽しみだ。そしてもちろん、今回のことで彼女が心を痛めているようなら捨て置けない。

 いとこというのはだいたいそういうものだと思うが、私とクリナムはあまり似ていない。彼女はストレートの茶髪で清楚な感じの美少女だ。性格もどちらかというと大人しくて引っ込み思案。親族の集まりでは一つ年下の私の背に隠れてしまうようなところがあった。

 近しい親族で家も比較的近いので、けっこう仲良くしている。といっても手段は主に文通だが、彼女は読書家なので話が合うのである。

 しかしシェイドはいわゆる妾腹の子だが、ナーシサス叔父は愛情を持っているようだしクリナムとも上手くいっているようだ。叔母のスタンスは気になるが、二人味方がいればそう悪い環境ではないのではないか。


 私はそんな予想とともにランクラーツ邸に足を踏み入れた。


 しかし。

 客間に通された私と父のもとには、待てど暮らせど叔父一家の誰も姿を現さなかった。


「お父様。お仕事は大丈夫なのですか?」

「ああ。今日はもともと時間がかかるのを承知で来たんだ。ナーシサスの義兄としても一族の総領としても、とても他人ごとではない話だ」

「そうですね……。お父様は、その子とお会いになったことは?」

「いいや。ないよ。話を聞いて、その子の母親について調べるので精一杯だ。なにせ昨日やっと聞かされた話なのでね」

「え? では、その子は昨日か今日に引き取られたばかりということですか?」

「いいや。もう引き取られて暫く経つ。私も弟にはそんな心配はしていなかったせいで、気づくのが遅れてしまった」


 つまり、父の方から事態に気がつくまで、報告はなかったということなのだろう。叔父は独断で子供を引き取ることを決め、父にも秘密でそれを実行したことになる。失礼だが――ちょっと意外だ。


「叔父様は随分行動力のある方なんですね」

「いいや。……ああ、その」

 父は言った後、少し言いよどんだ。珍しい。

「実のところ私には、彼の考えていることがどうもよく分からない。私とは又従兄弟にあたるので、古い付き合いなのだが。昔からどうにも彼といると、歩調の違いを感じるというか。どちらかといえば慕ってくれているのに申し訳ないが、あまり気のおけない関係にはなれなかった」

 父が人付き合いの悩み(?)をこぼした。更に珍しい。

「お父様でも、誰かの気持ちがわからなくて困惑したりなさるのね……」

 私の言葉に父は虚をつかれたような顔して、次いで苦笑した。


「それはそうだよ。そもそも私は――」


「カフィル! 待たせてすまない!」


 叔父についてもうひとつ分かったこと。この人、随分と間が悪い。



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