第一話
ここしばらくの私の日課は、父が手に入れてくれた同世代の魔法資質所有者リストをながめることだ。
魔法協会が作成したもので、このリストがほぼそのまま王立魔法学校の門戸を叩く人間のリストと言っていい。
ただし例外はある。ゲームヒロインその人の名はここには乗っていない。彼女は異例とも言える途中編入者で、現時点では魔法の資質を周囲に認められていないはずだ。
リストに連なる名前のうち、いくつかに丸をつけてある。これは五公家とその分家など、名だたる貴族の子弟を選出したものだ。
高い身分の人間が攻略キャラクターになりやすいのではないか、という私の予想による選出だ。特に可能性の高そうな人間には二重丸をつけておいた。
しかし、決定打はない。
(なにかというと集合写真を撮る日本人を見習って欲しいわ……)
ゲーム中のヴォルフガングについて思い出した時、きっかけになったのは彼のフルネームと姿絵だ。しかし、『魔法学校での同胞について少し知っておきたいの……』という私の言い分を聞いてリストを入手してくれた父も、『ついでにそれぞれの姿絵も欲しいの……』などと言われたらドン引きすることだろう。
というか、実際問題としてほぼ不可能だ。それこそ写真が現代日本並みに普及しているとかならともかく。
ちなみに、『シェイド』という名はこのリストにはない。
愛称でそう呼ばれる可能性がある名前も含めて、ここにはその影も形も見当たらない。
後手に回るのは恐ろしいと学んだので、なんとかあがいてみようとしているわけだ。だが進展はほとんどない。
後はひらめきに賭けるしかないと何度もリストに目を通しているせいで、どの名前も見慣れたものになってきた。
(ゲームの攻略キャラクターなんだから、顔がいいという共通点があるはずよね)
顔がいいと評判の男の子に絞って姿見を入手することなら可能だろうか。絶対数がずいぶんと少なくなるはずだ。この頼み事をした瞬間に父の中の私の信頼度は地に落ちるだろうが、背に腹は代えられない。もしも成功の可能性があるならやってみても……。
なかばやけくその私の思考を遮るように、ばあやが昼食の支度ができたと呼びに来た。
「……今日は、お父様がいらっしゃるのよね?」
「ええ。お客様と一緒にお待ちです」
「お客様がいるの?」
拍子抜けである。
「はい、ご親族の方ですが。奥様の弟君です。お嬢様は覚えておられますか?」
「ナーシサス叔父様ね。今日いらっしゃるとは知らなかったわ」
「ええ。急なお話で。なんでも旦那様にご相談されたいことがあるとか」
出鼻がくじかれたのは良かったのか悪かったのか。私はめずらしく人の多い昼食に臨むことになった。
「こんにちは叔父様。ご無沙汰しております。リコリスです」
そう言ってちょっと淑女ぶって礼をする。少しの間があって、叔父はやっと得心がいったように驚いた顔をする。ちょっと鈍い。
「リコリス! いや、子どもというものは少し見ない間に変わるものだ。ずいぶんと、姉に似てきた」
母に似ていると言われると、実は少々返答に困る。なにせ絵姿でしか知らない相手なのだ。
「叔母様も、クリナムも、変わりなくお元気でしょうか」
クリナムは、一つ年上の従姉妹のことだ。手紙は交わしているが、実際に彼女に会ったのはけっこう前のことだった。
「ああ。ああ。元気だとも。しかしリコリス。君はいくつになるのだったか」
「十歳です」
「そうかそうか。それにしてはずいぶんと大人びて見える。近頃の子供はそういうものなのかな。あの子も君より一つ下だがずいぶんと――」
「ナーシサス」
叔父の独白に近い言葉を、父が遮った。
それが父には珍しく少し硬い声だったので、私は驚く。
「その話は後にしてくれ。リコリスのいる所では話したくない」
「いやいや。いいんだよカフィル。どうせいつかは知られることだ。私はかまわない」
カフィルとは父の名である。家の中では誰もその名で呼ばないので少し新鮮だ。
それにしても、父が言ったのはおそらく『その話』とやらを私に聞かせたくないという意味だろう。叔父のちょっとずれた所は昔からだ。
私は、その勘違いに乗って好奇心を満たすことにした。
「叔父様。『あの子』とは誰のことでしょうか? クリナムは私よりも一つ年上だったと思いますが」
「ああ。クリナムではなく、もう一人の君のいとこの話だ。その……私が外で産ませた子なのだが……」
あまりに予想外なことを言われて、とっさに父のほうを見てしまう。
父はすでにその辺りの事情を知っていたのだろう。少し困ったように私に笑いかけてきた。
「最近その子を家に引き取ったのだよ。男の子だ。名前はシェイドという」
――――――――――――――――えっ?