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第2章 3話

優弥のスマホが短く震えた。


画面を確認して、軽く息を吐く。


「悪い。ちょっと呼ばれた」


「先生?」


夏海が聞く。


「まぁ」


曖昧に返して、優弥は扉の方へ向かう。


すれ違いざま、俺を一瞥する。


「続き、ちゃんと聞いとけよ」


何の続きだ。


聞き返す前に、扉が閉まる。


金属音が響いて、屋上が急に静かになった。


風と、夏海と、俺。


さっきまで三人だった空間が、少し広く感じる。


夏海が俺を見る。


「……ちゃんと聴いてくれたんだね」


「まあ」


視線を逸らす。


フェンスの向こうの空がやけに青い。


「どうだった?」


逃げ道のない問い。


言葉を探す。


昨日の音を思い出す。


「思ってたより、うるさくなかった」


夏海が小さく笑う。


「第一声それ?」


「違う」


言い直す。


「音が多いのに、ちゃんと一つだった」


少し間。


「誰かだけ目立つ感じじゃなくて、ちゃんとまとまってた」


自分でも抽象的だと思う。


でも、それが一番近い。


夏海は黙って聞いている。


「上が動いても、ちゃんと下で支えてるっていうか」


言ってから、付け足す。


「別にどれがすごいとかじゃなくて」


「うん」


夏海が頷く。


「“バンド”って感じ?」


その言葉が、しっくりくる。


「ああ」


短く答える。


風が強く吹く。


フェンスが鳴る。


「なんかさ」


夏海が少しだけ照れたように言う。


「そうやって聴いてもらえるの、嬉しい」


「詳しくないけどな」


「詳しくなくてそこいくの、いいと思うよ」


落ち着かなくなって、話題を逸らす。


「他にもあるのか」


「何が?」


「こういうの」


夏海の表情が明るくなる。


「あるよ。いっぱいある」


間。


「聴く?」


自然な流れ。


断る理由が見つからない。


「……ああ」


「CD、家にあるから」


「まだCDなんだ」


「悪い?」


「いや」


少しだけ安心する。


データより、形があるほうが想像しやすい。


「貸そうか?」


その一言で、空気が少し変わる。


貸すなら、返す。


返すなら、連絡がいる。


ポケットに手を入れる。


スマホを出すか、一瞬迷う。


夏海が先に言った。


「連絡先、知らないよね」


「ああ」


「じゃあ交換しよ」


本当に自然な声。


俺はスマホを取り出す。


画面をつける。


距離が少し縮まる。


俺の画面に、夏海の名前が打ち込まれる。


“夏海”


苗字を入れるか迷って、そのままにする。


向こうの画面にも、俺の名前。


「漢字、これで合ってる?」


差し出された画面に、自分の名前。


「合ってる」


送信。


すぐにポケットの中で振動が返る。


登録完了。


それだけなのに、やけに静かだ。


「これで貸せるね」


夏海が言う。


「ああ」


遠くでチャイムが鳴る。


昼休みの終わり。


「戻ろっか」


扉に向かう背中を、少し遅れて追う。


ポケットの中のスマホが、やけに存在感を持っている。


音楽のことなんて、昨日まで他人事だったのに。


気づけば、その延長線上に、夏海の名前があった。

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