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第1章 5話

家に着くなり、靴を脱ぎ捨てる。


「ただいま」


返事も待たずに階段を駆け上がった。


一段飛ばしで二階へ。


腹は減っているはずなのに、空腹の感覚がない。


部屋に入って、鞄を放り出す。


視線はすぐに押し入れへ向かった。


奥に、長く触れていなかった箱がある。


引っ張り出す。


埃をかぶった、古いCDラジカセ。


今どき、音楽はスマホで聴く時代だ。


配信で、イヤホンで、指一本で。


それでも。


ケースを開けて、円盤を取り出す。


指紋がつかないように、少しだけ慎重になる。


ディスクをはめ込む。


蓋を閉じる。


再生ボタンを押す。


……ウィン、と小さな機械音。


一拍の無音。


そして。


ギターが鳴った。


鋭い。


でも、ただの大きな音じゃない。


空間を裂くみたいに、一本の線が走る。


歪んでいるのに、輪郭がはっきりしている。


音が、前に進んでいく。


景色がある、という夏海の言葉が、ほんの少しだけ分かる。


夜の街。


光。


走る足音。


そんな断片が、頭の奥に浮かぶ。


「……すげえ」


思わず、漏れる。


ドラムが入る。


リズムが骨組みを作る。


ボーカルが乗る。


言葉が、世界に色をつける。


完成された音だ。


圧倒される。


でも――


その奥。


派手なギターの影。


歌声の隙間。


ドラムの間を、ぬうように。


低い音が、鳴っている。


最初は、意識していなかった。


ただ“ある”だけの音。


なのに。


気づいた瞬間。


腹の奥に、重く落ちてくる。


ドン、と。


地面みたいだ、と思った。


ギターがどれだけ暴れても、


ボーカルがどれだけ叫んでも、


全部、この低音の上に立っている。


見えない。


目立たない。


でも、消えたら全部が崩れる。


さっきまで前に突き刺さっていたギターよりも、


今は、その奥の低音から目が離せない。


いや、耳が。


音なのに、


触れられた気がした。


胸じゃない。


もっと下。


身体の芯を、掴まれる。


「……なんだよ、これ」


曲が終わっても、余韻が残る。


ギターは、物語を描いていた。


でも。


その物語を、立たせていたのは――


あの低音だ。


もう一度、再生ボタンを押す。


今度は、最初からベースを探すように。


さっきより、はっきり聴こえる。


影じゃない。


支えている。


動いている。


暴れている。


なのに、崩れない。


気づいたときには、笑っていた。


夏海は、ギターの物語を追いかけている。


でも俺は――


この、足元の音が気になる。


胸の奥で、何かが決まる音がした。

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