第3章 11話
二人はこちらに気づくと、足取りを少しだけ変えた。
まっすぐこちらへ向かってくる。
「よ」
先に声をかけてきたのは優弥だった。
さっきまでステージに立っていたときの熱はもう引いているのに、不思議と存在感だけはそのままだ。
「見に来てたのか」
伸也は小さくうなずく。
「見えてたのか」
「照明の隙間でな」
優弥は肩をすくめた。
「結構わかりやすい位置だった」
その隣で、夏海がこちらを見る。
ステージの上で見たときとは違う、いつもの落ち着いた表情だった。
「伸也」
名前を呼ばれる。
それだけで、さっきの歌声が頭の奥でまたよみがえる。
「……夏海」
短く返す。
その瞬間――
「夏海ちゃん!!」
美羽が勢いよく声を上げた。
「すっごかった!!」
両手をぶんぶん振っている。
「なにあれ!?
めちゃくちゃカッコよかったんだけど!!」
夏海は少しだけ目を丸くしてから、くすっと笑った。
「ありがとう」
「いやほんとに!
鳥肌立った!」
「そこまで?」
「うん!」
美羽は全力でうなずく。
その様子を横で見ていた優弥が、軽く笑った。
「元気だな」
美羽はそこでようやく優弥の方を見る。
「あ、えっと」
少し慌てて頭を下げた。
「はじめまして!
皆藤美羽です!」
優弥は軽くうなずく。
「篠崎優弥だ」
少しだけ口元を緩めた。
「よろしくな」
「妹か」
「はい!」
即答だった。
優弥は「へえ」と小さく言って、ポケットに手を入れる。
夜の空気がゆっくり流れる。
その沈黙を破るように、美羽がまた口を開いた。
「いやほんとすごかったですよ!」
「特に夏海ちゃん!!」
夏海は少し照れたように笑う。
「そんな大げさな」
「いやほんとですって!」
その横で、優弥は肩をすくめる。
「調子乗るぞ」
「乗らないよ」
夏海がすぐに返す。
そのやり取りを横で見ながら、伸也は少しだけ視線を落とした。
頭の中には、まださっきの演奏が残っていた。
ドラム。
ベース。
そして――
ギター。
気づけば口を開いていた。
「……ギター」
優弥がちらりとこちらを見る。
「耳に残った」
短く、それだけ言う。
ほんの一瞬、沈黙が落ちた。
優弥は数秒だけ黙ってから、小さく笑った。
「へえ」
「ちゃんと聞いてんじゃん」
それだけ言うと、視線を外す。
そして、ふと思い出したように言った。
「帰りどうすんだ」
「電車」
「この時間だと面倒じゃね?」
「まあ」
優弥はポケットから何かを取り出した。
車のキーだった。
「送るよ」
あっさり言う。
伸也は思わず眉を上げた。
「……車持ってるのか」
優弥が一瞬だけ止まる。
それから呆れたように笑った。
「最初の自己紹介、覚えてないのか?」
「?」
「俺、年上だぞ」
さらっと言う。
伸也は少しだけ考える。
「……そうだったな」
その会話を横で聞いていた美羽が首をかしげた。
「え?」
三人を見る。
「高校で年上って……」
少し間を置いて、
「つまりどういうこと?」
伸也が何か言う前に、優弥が先に口を開いた。
「まあ」
ポケットに手を入れる。
「いろいろあるんだよ」
軽い口調だった。
だが、それ以上は何も言わない。
美羽は「ふーん」と言いながらも、どこか納得していない顔をしている。
伸也は小さく息を吐いた。
「俺の四つ上だ」
ぽつりと付け足す。
美羽が目を丸くする。
「え、そんなに!?」
優弥は少しだけ笑った。
「だから言っただろ」
「年上だって」
そのままキーを軽く回す。
「で」
駐車場の方を顎で示した。
「どうする」
「送ってやろうか?」
伸也は少しだけ迷う。
終電の時間を思い出して、観念したように言った。
「……頼む」
「決まり」
優弥がくるりと背を向ける。
「こっち」
駐車場の方へ歩き出した。
夏海がその後ろを静かについていく。
その隣に、美羽が並ぶ。
「ねえねえ夏海ちゃん!」
「ん?」
「さっきの曲さ!」
二人の声が、夜の空気に溶けていく。
その後ろを、伸也が静かに歩いた。
ライブハウスの灯りが、少しずつ遠ざかっていった。




