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第3章 9話

ライブハウスの外階段。


喉の奥が、少しヒリついていた。

さっきまで張り上げていた声の余韻が、まだ身体の奥に残っている。


胸の鼓動も、完全には落ち着いていない。


アンコールの歓声。

ステージの照明。

モニター越しに返ってきた自分の声。


それらがまだ頭の中で反響している。


汗が引き、夜風がやけに冷たかった。


夏海は階段の途中に腰掛け、肘を膝に乗せて深く息を吐いた。


ライブのあと、いつもこうなる。

全力で声を出したあとの、身体がゆっくり現実に戻ってくる感覚。


さっきまであれほど騒がしかったのに、外はもう静かだった。


吐いた息が夜の空気に溶けていく。


その背後に、足音がひとつ近づいた。


コンクリートを踏む、ゆっくりとした足取り。


「おつかれ」


低い声。


振り向かなくてもわかる。


優弥だった。


夏海は振り返らず、小さく手だけを上げた。


「……どーも」


優弥が階段を一段降り、夏海の後ろで立ち止まる。


「どうした。そんなため息ついて」


その言葉を聞いた途端、夏海はさっきよりも深く息を吐いた。


「直哉……」


少しだけ間を置く。


「そろそろかなーとは思ってたけどさ。

 いきなり過ぎてねー」


ライブ前に聞かされた脱退の話。


頭では理解しているつもりでも、実感がまだ追いつかない。


優弥は小さく肩をすくめる。


「やっぱりそのことか」


「どーすんのよ、本当。

 九条さん、大丈夫なの?」


「ああ。さっき俺からも伝えた。大丈夫だ」


「そっ……」


それ以上、言葉が続かなかった。


夏海はまた前を向く。


ライブハウスの扉が開く音。

遠くで笑い声。

機材を運ぶスタッフの声。


階段の下を、ファンらしき人たちが通り過ぎていく。


「今日のバンドやばかったよな」


「ボーカルめっちゃ良くなかった?」


そんな会話が、ふと耳に入った。


夏海は少しだけ視線を落とす。


嬉しくないわけじゃない。


でも今は、それどころじゃない気分だった。


優弥がふと口を開いた。


「皆藤、来てたな」


「うん」


短く答える。


「誘ったってわけじゃなさそうだったけど。

 偶然か?」


「そうよ」


夏海は肩をすくめる。


優弥は少しだけ空を見上げた。


「夏海の持ってきた『秘密』。

 ライブ直前で急に持ってきたから、何かあるとは思ってたけどな」


そう言って、ふっと笑う。


「前から、お前の勘はよく当たってたから」


そして階段を一段上がり、立ち止まる。


「あとさ」


優弥は振り返らずに言った。


「直哉のことは心配すんな。

 あいつは大丈夫だ」


少しだけ間が空く。


夏海は顔を上げた。


優弥の背中を見上げる。


優弥はゆっくりと言葉を続けた。


「これでよかったんだと思う」


「……よかった?」


「俺たち三人との実力差で、

 ここ最近のあいつは焦ってた」


優弥の声は、どこまでも落ち着いていた。


「直哉は優秀なベーシストだ」


夜風が、階段をすり抜けていく。


「新しい環境に行けば、

 あいつは必ずもっと上手くなる」


そこで優弥は振り返った。


その目には、どこか楽しそうな光があった。


「それと対峙するのが、

 俺の楽しみでもある」


夏海は眉を寄せた。


「ねぇ、優弥」


優弥が振り向く。


「あなたには何が見えてるの?

 直哉レベルのベーシストが脱退して、私達は大丈夫なの?」


優弥は一瞬だけ黙った。


夜の空気が二人の間を通り過ぎる。


それから、口の端を少しだけ上げた。


「どうだかな」


そして手で軽く合図をした。


「夏海、行くぞ」


「どこに?」


「客もだいぶはけてきた」


優弥は振り返り、ニッと笑った。


「せっかく来てくれたんだ。

 挨拶くらいしねぇとな」

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