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第3章 7話

ドラムが最後の一打を叩き、最初の曲が終わる。


歓声が爆発した。


フロアが揺れる。

腕が上がり、口笛が飛び、誰かが叫ぶ。


その熱気の中で、夏海はマイクから少しだけ顔を離した。


呼吸を整える。


照明がゆっくりと色を変える。


青。


夜の色だ。


夏海が小さく息を吸った。


「次の曲」


マイク越しの声が、静かに広がる。


「私たちNeon Constructの、最初の曲」


一瞬だけ、会場が静まる。


「――RIDE ON THE SKY」


その言葉と同時に、ギターが鳴った。


優弥だった。


一音。


ただ、それだけ。


なのに空気が変わる。


さっきまでの歪んだリフとは違う。

クリーントーンに近い、透き通った音。


アルペジオ。


ゆっくりと、コードを分解して弾いていく。


ポーン……ポーン……


音が、天井へ上がっていく。


まるで、空に線を描くみたいに。


ドラムもベースも、まだ入らない。


会場が、静かにその音を聴いている。


伸也は、息を止めていた。


音が広い。


広すぎる。


たった一本のギターなのに、ステージの奥行きが急に深くなったような感覚。


そのとき、ふと夏海の言葉が頭に浮かぶ。


――本当に上手いギタリストは、ギターだけで景色を作る。


あのときは、意味がよく分からなかった。


上手いって、速いとか。

難しいフレーズとか。


そういうものだと思っていた。


けれど。


今なら、分かる。


優弥の指が、ゆっくりとポジションを移動する。


高い音。


さらに高い音。


アルペジオが続く。


音が、夜風みたいに流れていく。


ライブハウスの天井が消えた気がした。


広い。


空がある。


夜の空。


街の灯りが遠くに小さく瞬いている。


その上を、風が吹き抜ける。


そんな景色が、頭の中に浮かぶ。


ただのギターなのに。


ただの音なのに。


なのに、確かに見える。


ドラムが入る。


ハイハットだけ。


チ、チ、チ、と細かく刻む。


ベースが静かに下から支える。


それでも主役は、まだギターだ。


優弥は一度、視線を落とした。


そして次の瞬間。


ピッキングが強くなる。


アルペジオがリフへ変わる。


空を描いていた旋律が、一気に加速する。


ドラムがスネアを叩き込む。


ベースが太くうねる。


一瞬で曲が立ち上がる。


観客が跳ねた。


歓声が上がる。


それでも優弥は、ほとんど動かない。


足を大きく開くでもなく、

派手なパフォーマンスをするでもなく。


ただそこに立って、ギターを弾く。


なのに。


会場の中心は、完全にそこだった。


音が支配している。


ドラムもベースも、全部そのギターに引っ張られているみたいだ。


コードが変わる。


スライド。


チョーキング。


高音が空を裂く。


観客の歓声が、さらに大きくなる。


夏海の声が乗る。


さっきの曲よりも伸びやかで、開けたメロディ。


空を駆け上がるような旋律。


その背中を、優弥のギターが押し上げる。


まるで、風だ。


空を走るための風。


その感覚に、伸也は完全に呑まれていた。


音の一つ一つが、胸に突き刺さる。


頭の奥が、じんと痺れる。


こんな音、聴いたことがない。


いや。


イヤホンで聴いたことはある。


何度も。


でも、違う。


全然違う。


生の音は、こんなにも暴力的なのか。


こんなにも美しいのか。


優弥の左手が指板を駆け上がる。


高速フレーズ。


なのに、音が濁らない。


一音一音が光る。


ギターソロ。


伸也の背筋に鳥肌が走った。


速い。


だけど、それだけじゃない。


フレーズが歌っている。


音が、空を切り裂きながら飛んでいく。


夜空を駆ける。


まさに――


RIDE ON THE SKY。


優弥の指が最後のフレーズを弾き切った瞬間。


一瞬の静寂。


次の瞬間――


「うおおおおおお!!」


爆発みたいな歓声がフロアを揺らした。


誰かが叫ぶ。


「優弥!!」


拳が一斉に上がる。


足踏みの振動が床を揺らす。


その熱狂の中心で、優弥はただ静かにギターを下ろした。


まるで、当たり前のことをしただけだと言わんばかりに。


伸也の胸の奥が、強く鳴る。


このライブハウスの空間は、もう現実の場所じゃない。


優弥のギターが作った、別の景色の中にいる。


そして、その中心で歌っているのが――


夏海だ。


胸の奥が、強く鳴る。


何かが、はっきりと芽を出そうとしている。


言葉には、まだならない。


でも、確実に。


心の奥で、ひとつの感情が生まれ始めていた。

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