第3章 2話
ライブ当日。
まだ春の匂いが残る午後だった。
少しだけ風が強くて、美羽の髪が揺れる。
「ほんとに大丈夫か? まだ退院したばっかなんだぞ」
伸也がそう言うと、美羽は少しだけむっとした顔をした。
「だから大丈夫だってば。お父さんもお母さんも心配しすぎ」
両親は朝からそわそわしていた。
送っていく、と何度も言った。
迎えにも行く、とも。
けれど美羽は首を振った。
「いいよ。お兄ちゃんがいてくれるから」
その言葉を聞いた瞬間、伸也の胸の奥に小さな熱が灯った。
守る側として頼られている。
それが少し誇らしかった。
最寄りのバス停から、隣町へ向かう路線バスに乗り込む。
ガタン、と揺れて走り出す。
見慣れた町並みが、ゆっくりと後ろへ流れていく。
やがて、窓の外の景色が変わり始めた。
知らないスーパー。
知らない公園。
名前も聞いたことのない中学校。
「なんか旅行みたいだね」
美羽が楽しそうに言う。
伸也は小さく頷きながらも、どこか落ち着かない気持ちで窓の外を見ていた。
慣れない景色は、それだけで心細さを連れてくる。
降りたことのないバス停で、二人は降車ボタンを押した。
プシュー、と扉が開く。
足を踏み出すと、空気の匂いまで違う気がした。
スマホの地図を頼りに歩く。
住宅街を抜け、少し古びた商店街を通り過ぎる。
「ほんとにこの辺?」
「たぶん……」
角を曲がった先に、それらしい建物が見えた。
コンクリート打ちっぱなしの外壁。
黒い扉。
小さな看板。
ライブハウス、と書かれている。
近づいた瞬間、微かに低音が外まで漏れてきた。
ドラムのリズム。
ベースのうねり。
建物の前に立ったとき、伸也は足を止めた。
壁に貼られた大きなポスター。
本日演奏予定のバンド名が、縦に並んでいる。
知らない名前ばかりだった。
そして――
その中に、一つだけ見覚えのある文字列。
『Neon Construct』
心臓が、どくりと鳴った。
夏海に貸してもらったCD。
最初は何となく聴き流していたのに、気づけば何度も繰り返していた。
イヤホン越しに聴いた、あの音。
夜の帰り道に染み込んできたメロディ。
「……え」
思わず声が漏れる。
「どうしたの?」
美羽が覗き込む。
「いや……」
偶然、のはずだった。
美羽の友達のバンドを観に来ただけ。
ただそれだけの外出。
それなのに。
まさかここで、その名前を見るなんて。
偶然訪れたNeon Constructとの邂逅は、
もう、すぐそこまで迫っていた。




