第2章 13話
これで四回目だ。
何も起きなかった夜が三回。
足音だけだった夜が一回。
姿は、まだ見ていない。
住宅街を、ゆっくりと周回する。
イヤホン越しに、他愛もない会話。
「寒くない?」
「大丈夫。走ったらあったまるし」
声が妙に明るい。
前回も、前々回も、同じように明るかった。
怖さを誤魔化すためだと分かっている。
「……テンション高くないか」
「うん。ちょっとね」
小さく笑う。
「怖くないのかよ」
一拍。
「そりゃ多少は怖いよ?」
間を置いて、
「でもさ、何も起きないとさ、逆に馬鹿みたいじゃん?」
伸也は自宅の影に立ち、角度を変えながら視界を確保する。
死角を潰す。
曲がり角。
電柱の影。
塀の高さ。
夏海は計画通り、少しずつ距離を取る。
そのとき。
「……あれ?」
イヤホン越しに、声が止まる。
「どうした」
「今、なんか」
風の音。
遠くの車の走行音。
そして。
「……足音、ある」
背筋が冷える。
「止まれ」
夏海が立ち止まる。
音が、止まる。
数秒の静寂。
「……いる」
小さな声。
今までとは違う。
伸也は位置を変える。
最悪だ。
一番遠い曲がり角。
視界が完全に切れる。
「夏海、戻れ」
その瞬間。
「え?」
短い声。
「ちょっ――」
布の擦れる音。
荒い息。
「離してよ!」
伸也は走る。
全力で。
呼吸が焼ける。
最後の門を曲がる。
視界が開ける。
街灯の下。
夏海の腕を掴む、男。
黒いフード。
顔は半分、闇に沈んでいる。
夏海が蹴る。
男が力を込める。
その横顔が、わずかに光に入る。
見覚えがある。
確信には届かない。
だが。
男が、伸也を見る。
一瞬の硬直。
そして、ふっと笑った。
「……なるほどな」
静かな声。
「おかしいと思ってたんだ」
伸也の足が止まる。
男は夏海から目を離さないまま、続ける。
「あれだけ派手に転がり落ちたんだ」
心臓が、止まる。
「こんなとこにいるはずないよな」
空気が凍る。
階段。
病院。
血。
その夜。
男は肩をすくめる。
「やっぱり違うと思った」
その瞬間。
胸の奥で何かが弾ける。
疑いが、確信に変わる。
――こいつだ。
伸也の視界が赤く染まる。
「お前……」
声が震える。
怒りで。
「ふざけんな」
地面を蹴る。
一直線に距離を詰める。
男がようやく伸也を見る。
興味を持ったように。
「やっぱり来たか」
口角が吊り上がる。
伸也の拳が振り抜かれる。




