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第2章 9話

携帯の着信音で目が覚めた。


一瞬、どこにいるのか分からない。


白い天井。


薄い朝の光。


胸の奥に重たい何かが残っている。


音は鳴り続けている。


手探りでスマホを掴む。


画面には、母親の名前。


その文字を見た瞬間、昨日の夜が一気に蘇る。


電話に出る前に、ふと隣を見る。


ベッドの端。


夏海が、静かにこちらを見ていた。


髪が少し乱れている。


まだ完全に覚醒していない瞳。


でも、その奥に心配が浮かんでいる。


どうやら同じく着信音で目を覚ましたらしい。


言葉はない。


ただ、視線だけが交わる。


俺は小さく息を吸って、通話ボタンを押した。


「……もしもし」


『伸也?』


母の声は、昨夜とはまるで違っていた。


落ち着いている。


疲れてはいるけれど、取り乱してはいない。


胸の奥がわずかに緩む。


『心配かけたわね』


その一言で、全身の力が抜けそうになる。


『幸い、打ち所が良かったみたい。大きな手術にはならなかったわ』


思わず目を閉じる。


『検査はまだ続くけど、命に別状はないって』


喉が詰まる。


言葉が出ない。


『わたしたち、安心してそのままベッドの横で寝ちゃってたのよ』


かすかに笑う声。


『さっき美羽も目を覚ましたから。あなたも来なさい』


ようやく声を絞り出す。


「……分かった」


それだけ言って、通話は終わった。


スマホを握ったまま、しばらく動けない。


隣から、小さな声。


「……どうだった?」


夏海が身を起こしている。


シーツを胸元に引き寄せたまま、真剣な目でこちらを見る。


「大丈夫らしい」


声が少し震える。


「手術はないって。もう目も覚ましたって」


夏海の肩が、はっきりと下がる。


「よかった……」


本気で安堵している顔だった。


その表情を見て、胸の奥が少しだけ痛む。


「病院、行ってくる」


そう言いながらベッドから立ち上がる。


足が少し重い。


昨夜の余韻と、現実の境目がまだ曖昧だ。


「わたしも行っていい?」


振り返る。


夏海はもう着替える気でいる顔をしていた。


「いいのか?」


思わず聞く。


「うん」


迷いがない。


「入学して最初にできた友達だもん」


その言葉が、妙にまっすぐ刺さる。


俺は小さく頷いた。


「……ありがとう」


それだけ言う。


夏海は少しだけ照れたように笑った。


支度を済ませ、家を出る。


朝の空気は冷たい。


昨日と同じ道なのに、景色が違って見える。


歩きながら、どうしても頭に引っかかる。


“追いかけられていたかもしれない”


その言葉。


誰に?


なぜ?


事故じゃない可能性。


美羽は何を見たのか。


何から逃げていたのか。


横を見ると、夏海も黙って歩いている。


きっと同じことを考えている。


「……追いかけられてたって」


ぽつりと、夏海が言う。


俺は頷く。


「気になるよね」


「ああ」


それ以上の言葉は出ない。


安心したはずなのに、胸の奥のざわつきは消えない。


むしろ形を変えて残っている。


駅前を抜け、バスに乗り、病院の最寄りで降りる。


白い建物が視界に入る。


消毒液の匂いが、まだ外にいるのに思い出される。


足が自然と遅くなる。


ここから先は、逃げられない。


夏海が隣で小さく言う。


「行こ」


俺は息を吸い、吐く。


そして、病院の自動ドアへと向かった。


まだ何も終わっていない。


むしろ、ここから始まるのかもしれなかった。

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