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第2章 7話

家に戻ると、まず玄関の鍵を確認した。


指先が震えている。


ガチャ、と回す。


しっかり閉まっている。


母の言った“閉め忘れたかもしれない”は、ただの慌てだったらしい。


それだけで少し安心するはずなのに、胸のざわつきは消えない。


ドアを開けて中に入る。


電気はつけっぱなしだった。


さっきまでの日常の続きみたいな光景。


なのに、家の中は妙に静かだった。


靴も、美羽のまま。


時間だけが抜け落ちたみたいだ。


ふらふらと階段を上がる。


自室のドアを開け、そのままベッドに倒れ込んだ。


うつ伏せ。


顔を枕に押しつける。


スマホを握ったまま。


何も連絡はない。


画面は暗いまま。


昨日の夜が、何度も再生される。


ドアの前の美羽。


「いいよいいよ、たいしたことじゃないから」


あの、ほんの一瞬の沈黙。


あれは助けを求めていたんじゃないか。


俺は、聞かなかった。


聞けたはずだった。


ただ、浮かれていた。


それだけで。


胸が締めつけられる。


息が浅い。


何度も、同じ場面が頭の中で繰り返される。


違和感。


視線。


間。


どうして気づけなかった。


どうして止めなかった。


どうして。


どれだけ時間が経ったのか分からない。


窓の外は完全に夜だ。


部屋の電気だけが白く天井を照らしている。


そのとき。


カチャ、と小さな音がした。


玄関ドアの開閉音。


身体がぴくりと反応する。


……両親か?


いや。


そんなわけがない。


今は病院にいるはずだ。


じゃあ誰だ。


鍵は閉まっていた。


帰ってきて、閉め直した。


確かに確認した。


じゃあ。


帰ってきて、鍵は閉めたか?


いや、閉めた。


頭の中で同じ問いがぐるぐる回る。


足音。


ゆっくりと、階段を上がってくる。


一段。


また一段。


木の軋む音がやけに大きい。


誰だ。


警察か?


いや、そんな連絡はない。


それとも。


美羽を追いかけていた“誰か”が。


今度は俺を。


身体に力が入らない。


逃げようとも思えない。


怖いはずなのに、どこかどうでもいいと感じている。


もうどうなってもいい。


そんな投げやりな感情が、胸の奥に広がる。


足音が止まる。


俺の部屋の前。


ドアノブが、ゆっくりと回る。


鍵はかけていなかった。


カチャ、と小さな音。


ドアが、静かに開く。


足音が、部屋の中に入ってくる。


俺は顔を上げない。


上げる気力もない。


「……伸也」


聞き慣れた声。


ゆっくりと顔を向ける。


入り口に立っていたのは、夏海だった。


肩で息をしている。


上着も着たまま。


少し乱れた髪。


「ごめんね」


力なく笑う。


「不法侵入、しちゃってるね。わたし」


合鍵なんて渡していない。


たぶん、玄関は本当に閉め切れていなかったのかもしれない。


それとも、俺が無意識に閉め忘れたのか。


どうでもよかった。


どうして。


どうしてここにいる。


そう聞く前に。


視界が滲んだ。


頬を伝う感覚。


一筋の涙が、静かに落ちる。


自分が泣いていることに、少し遅れて気づく。


夏海は何も言わず、ゆっくりと部屋の中に入ってきた。


ドアを静かに閉める。


その音がやけに優しい。


ベッドの横にしゃがむ。


俺を見上げる目は、不安と決意が混ざっていた。


「一人にできないと思った」


それだけ言う。


責めない。


慰めすぎない。


ただ、そこにいる。


胸の奥に溜まっていた何かが、少しだけ揺れる。


言葉が出ない。


声にしたら、全部崩れそうだった。


ただ、涙だけが静かに零れ続けていた。

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