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第2章 5話

駅前のベンチで合流してから、最初は少しぎこちなかった。


「ちゃんと来たな」


「来るって言ったじゃん」


そんな会話から始まって、気づけば並んで歩いていた。


冬の空気は冷たいのに、人の多さでどこかぬるい。


最初に入ったのは駅ビルのCDショップだった。


「これ、この前言ってたやつ」


夏海が棚から一枚抜き取る。


ジャケットを見せられても、正直ピンとこない。


「へぇ」


「興味なさそう」


「いや、ある」


とりあえず裏面を見るふりをする。


試聴機で少し聴かせてもらうと、思ったよりベースが前に出ている曲だった。


無意識にそこに耳がいく。


「やっぱそこ聴くよね」


笑われる。


「分かりやすいな」


「伸也は絶対ベースから入ると思った」


図星だった。


そのまま店内をぐるっと回る。


夏海は楽しそうに一枚一枚手に取っては解説する。


知らない単語も多いけど、不思議と退屈じゃない。


「これもおすすめ」


差し出されたCDの帯に書いてある値段を見て、少しだけ驚く。


「高くない?」


「普通だよ」


「学生にはきつい」


「バイトしなよ」


「考えとく」


そんなやり取りが、やけに心地いい。


店を出てから、今度は楽器屋に入った。


壁一面に並ぶギター。


奥にはドラム。


そして、やっぱり目がいくのはベースだった。


黒、白、赤。


形も微妙に違う。


手に取ってみたい衝動を抑えながら、値札を見る。


桁を見て、そっと視線を外す。


「高……」


思わず声が漏れる。


「欲しいの?」


「欲しいけど」


値段を指さす。


「さすがにこれは無理」


夏海が覗き込んで、「あー」と笑う。


「本気でやるならそのくらいじゃない?」


「本気ってなんだよ」


「知らないけど」


店員がアンプに繋いで試奏している音が響く。


低い音が床を震わせる。


その振動が、少しだけ胸に残る。


「似合いそうだけどな」


夏海がぽつりと言う。


「なにが」


「ベース持ってるの」


「持ってないけど」


「想像」


適当な会話。


でも、悪くない時間だった。


夕方になって、フードコートで軽く何か食べる。


どうでもいい話をして、笑って、また歩く。


特別なことは何もしていない。


ただ一緒にいるだけ。


気づけば空は暗くなっていた。


ビルのガラスに映る自分たちの後ろに、夜の色が広がっている。


スマホを見る。


十九時五十八分。


「もう八時前か」


「ほんとだ」


少しだけ間ができる。


「そろそろ帰るか」


自然な流れだった。


惜しいとか、もっといたいとか、そういう言葉は出てこない。


でも、今日がちゃんと“楽しかった日”になる予感はあった。


そのとき。


ポケットの中で、スマホが震えた。


着信。


画面を見る。


名前を確認するより先に、胸の奥がざわつく。


昨日の夜。


ドアの前で、一瞬だけ何かを飲み込んだ美羽の顔が浮かぶ。


「いいよいいよ、たいしたことじゃないから」


あの、ほんのわずかな間。


どうしてか。


理由もないのに。


嫌な予感しかしなかった。


夜の空気が、急に冷たくなる。


震え続けるスマホを、しばらく見つめたまま動けなかった。

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