第2章 4話
次の週末、俺はなぜか駅前のロータリーに立っていた。
改札の外。
待ち合わせなんてする予定は、本来なかった。
CDを返すだけなら、学校でよかったはずだ。
それなのに、俺はここにいる。
理由は、昨日の夜。
*
部屋で借りたCDを流していた。
そろそろ返さないとな、と思いながら、スマホを手に取る。
時間を確認しようとして、指が滑った。
発信中。
「……は?」
夏海。
慌てて切ろうとする。
その前に繋がった。
『もしもし?』
「……悪い」
『伸也?』
「間違えた」
正直に言う。
一瞬の沈黙のあと、笑い声。
『なにそれ』
「触れた」
『いいよ。ちょうど暇だったし』
軽い声。
『何してたの?』
「CD聴いてた」
『ほんとに?』
「返す前にもう一回くらいな」
少しだけ嬉しそうな声がする。
『どの曲?』
曲名を言う。
『あー、それ好き』
短い会話。
音楽の話。
学校の話。
他愛もないやり取り。
数分で終わるはずだった。
そのとき。
『ねえ』
「ん?」
『明日ってさ、予定ある?』
「いや、特に」
ほんの一瞬の間。
『じゃあさ、駅前出ない?』
「なんで」
『……CD、直接返してほしいなと思って』
少しだけ笑っている。
「学校でよくないか」
『休みの日に外出る理由ほしいじゃん』
意味が分からない。
「理由って」
『嫌ならいいけど』
少しだけ声が下がる。
「別に嫌とは言ってない」
沈黙。
数秒。
「何時?」
『昼くらい?』
「じゃあ十三時」
『改札出て右のベンチ』
「分かった」
それだけ。
たったそれだけで、決まった。
通話を切ろうとした、そのとき。
コンコン。
ドアを叩く音。
「ちょっと待て」
スマホを手に、ドアを開ける。
美羽。
「あ、夏海ちゃん?」
声が漏れていたらしい。
「電話中か」
「間違い電話」
「へぇー」
にやっとする。
でも、その笑顔が一瞬だけ消える。
「なんかあった?」
聞くと、美羽は少しだけ迷った顔をした。
本当に、ほんの一瞬。
「……ううん。いいよいいよ。たいしたことじゃないから」
「なんだよ」
「ほんとに」
笑ってごまかす。
「ごゆっくり」
そう言って、自分の部屋へ戻っていく。
ドアが閉まる。
その背中に、何かあったかもしれない。
でも。
『伸也?』
スマホの向こうの声。
「ああ、悪い」
すぐに意識が戻る。
さっき決まった約束が、頭の中を占める。
美羽の一瞬の間は、そのまま流れた。
*
翌朝。
なんとなく、美羽の部屋をノックする。
返事はない。
ドアを開けると、もういなかった。
ベッドは整っている。
机もいつも通り。
「早いな……」
昨日の顔が、少しだけ浮かぶ。
でも今日は約束がある。
それ以上考えるのをやめて、家を出た。
*
そして今。
駅前。
人混みの向こうに、夏海の姿が見えた。
昨日までなかった約束。
それが、今日になった。
俺は手を軽く上げる。
その瞬間。
美羽のことは、頭から抜け落ちていた。




