第234話 コハルの幸せな日々
「お母さんこっちおいでよ!」
気づくと私は白い空のした大きな平原にいた。そして、大きくなった短めのツインテールをした娘のサニーが私に向かって手を振っていた。
私の背後からも声がする。
「待てよサニー! 母ちゃんを置いてくなよ!」
「うるさいな! ウィルも置いていってるでしょ!」
後ろから私を追い抜かしていく私より背が高くなった髪を短くしている息子のウィルの姿。
「コハル、無理するなよ。ゆっくりで良いからな」
後ろから肩を叩かれる。
振り向くと、黒髪で優しい表情のイットがウィルと同じように私を横切っていく。
「イット」
私は咄嗟にイットの手を掴もうとするが、
「え?」
私の手がイットの手をすり抜けてしまう。
三人は私よりも前に行き置いていかれる。
「ま、待ってみんな!」
前に進もうとした時、両足が重くなる。
「ッ!?」
見ると地面が黒い泥のような粘液が広がっていた。
そこだけでは無い。
背景がその黒に浸食されいく。
「まって!」
身体を動かそうとしても足が動かない。
徐々に視界が黒に塗りつぶされ光が無くなる。
苦しくない。
怖くもない。
寂しい。
そして、不安。
子供達が、イットが居なくなってしまったこと。
家族が無事なのかどうか。
無事でいてほしい。
「コハル?」
「ッ!?」
私は目を覚ます。
「大丈夫かコハル?」
窓から光が入っていて私達の寝室を照らした。
黒髪に黒い目。
少し跳ねたくせっ毛に少し眠そうな目元。目の前に居るのは間違いなく私の旦那のイットだった。
夢?
そうか……今のは夢か……
「う、うん……ちょっと怖い夢をね……っは!」
私は勢いを付けて起き上がろうとするが上手く力が入らず、イットに支えられながら身体を起こしてもらう。
「子供達の朝食は済んだよ」
「え?」
そんなに寝ていたんだ私……
「ゴ、ゴメンねイット……ありがとう」
「大丈夫。体調を崩してるのだからたまにはゆっくり休んでくれよ」
エプロン姿のイットは部屋から出て行った。
ロイス君の暴走事件から……どれぐらいたったっけ?
あれからマチルダさんが新しい拠点を作るという事で私達はここに移住した。
人族の領土ではない地域らしくて魔物や動植物しか生息していない険しい道で囲まれた区画って言っていた場所。
ただ、その道を越えると自然豊かで日当たりも良いし、天気も安定した子育てに良い場所だった。
晴れた外の空気を入れる為に窓を開ける。
「……」
窓の外から草木の匂いと涼しい風が部屋に入ってくる。
遠くに山が見えて、村の木造の家がポツポツあって、人族と同じように仕事をし家事をし遊んでいる魔物の人達が暮らしている。
戦いを好まず戦いで傷ついた人達を保護し、時に遭難した人族等も助けたり、元々私達もそう言う境遇だったのあってマチルダさん達の活動へ積極的に参加している。
お陰で、この魔物の集落はもめ事はあっても平和に暮らせている。
「おはようコハルちゃん、調子はいかが?」
「うわ!?」
突然、斜め上の窓枠から黒い長髪をすぅっと垂らしてマチルダさんが顔を出してきた。
「マ、マチルダさん! びっくりするから普通に出てきてください!」
「え? そんなにびっくりさせたの?」
マチルダさんは下半身がヘビだからか、外に居るときは上半身を高所にして移動している。
見晴らしが良いみたいだけどちょっと……
「そんなことより聞いたわ。体調を崩しちゃったんでしょ?」
窓枠に身体の位置を合わせながらゆっくり降りてくるマチルダさん。
自分の体調不良に私は申し訳なくなる。
「すみません……また体調崩しちゃって……」
「いいのよ謝らないで! ウィル君やサニーちゃん達が何かと手伝ってくれてるからこちらは助かっているわ」
マチルダさんが視線を向けると、少し離れた先にある畑に土煙を上げながら何か物凄いスピードで作業をやっている一人の人物がぼやけて見える。
……ダメだ、昔よりも目が悪くなっているけれど、いつも通りならウィルが集落の人達の手伝いをしてるんだと思う。
「ウィルがご迷惑とかかけてませんか? なんか煙が上がってますけど……」
土煙が徐々に黒い色に変わり焦げ臭くなっていっている気がする。
「……焼き畑の予定なんてあったかしら? ちょっと見てくるわね。体調の件だけど、今度イットの友達の神官の子が来れないか聞いてみるわね」
きっとソマリちゃんのことだ。ゆっくり休んでと言い残しマチルダさんは煙の立つ方へ向かっていった。
確かにここ最近、立て続けに体調を崩しているしソマリちゃんに診てもらった方が良いかもしれない。
それよりも……大丈夫かなあの煙。
もしウィルが火事でも起こしていたら……
「お母さん起きた?」
窓の外を見守っていると、扉を開く音と同時に娘の声がした。
振り向くと、部屋の出入り口に目に入れても痛くない愛娘が立っていた。
「おはよう、サニー」
「……おはよう」
視線を逸らしながらぶっきらぼうに挨拶してくれるサニー。
年頃だからか最近無視されることもあったが、今日はわざわざ部屋まで来て呼びに来てくれた。
「その……朝食出来てるけど食べられる?」
照れ隠ししているのか目線を合わさずに心配してくれているサニーに身体の重さが一気に吹き飛んだ。
「うん、大丈夫! お腹ぺこぺこ!」
「……そ」
身体は重いが、ゆっくりとベッドから立ち上がった。
少しフラついたが「大丈夫!?」とサニーに支えられ、私は朝食が用意されているリビングへ向かう。




