第185話 対等な関係
ベノムが俺の思考を見透かしたように話し出す。
「さっきも言ったがイット、君を止める手段は私達にはない。好きにしてくれ」
「ベノム……」
「だが、その場合スカウトギルドからの支援は一切無しだ」
そう言うと、彼女は俺の目を見る。
「自分だけの力で子供達、家族達を守ってくれ。もし、私達に協力してくれるなら家族や友人達の安全は保証する最優先に」
「……っ!?」
俺は思わず口元が引きつってしまった。
ここにきて皆の前で交渉をしてくるとは……本当にしたたかな人だ。
ベノムの発言に噛みついたのはアンジュだった。
「ベノム! それって結局、協力しなさいってことじゃない!」
「当然だ。今回の魔王は単体で見たら昔の魔王より強い。これで軍勢でも作られてしまえばもう止められず、この世界に多大な損害を与えることとなる。それを止められる力を一番持っているのは現状イット、彼しかいないのだよ」
ベノムの眼光は鋭くアンジュを睨む。
「今は早期の段階だ。まだ魔王が完全に力を付けていない。彼のせいで未来で苦しみ死んでいく者達を無くすことが、今の私達に出来ることだ。違うかアンジュ」
「……」
アンジュは歯を食いしばり黙る。
そう、確かに今の相手はロイス一人。
彼一人と戦うならどれだけ強力な力だったとしても数の力で押さえ込めるかもしれない。
そこに、俺みたいな彼に敵わなくとも戦力の一つとしていれば勝率が上がる。
ベノムの考えを理解しこれがこの世界にとって重要な選択なのだとわかる。
ここで家族を連れて逃げてしまっても良い。
その変わり支援しないなど脅しでも何でも無い。
当然のことだ。
俺の気持ちが揺らぎ出す。
どちらが家族を守る最善の手段か。
そして、本当はロイスを助けたい。
何故彼はそこまで追い詰められているのかを……
・それは、私じゃなくて君が出来るだろ? お得意の魔法で
・君はさっき世界を解析しようとした。その時見たんじゃないのかい? 過去の景色を
・あれをされれば、もう隠し通すことは出来ない。遅かれ早かれ君はどういうことなのか気づく。この大地の……君達の言葉で言うと《《地球の歴史》》を辿れてしまうんだよ
――カチッ
「なあ、ベノム。少しだけ時間がほしい」
「何故だい?」
「さっき、あなたが言っていたことを思い出した。解析魔法で地球の歴史が辿れると」
俺の言葉にベノムはニヤリと笑う。
「そうさ、さっきこの国に光の柱を生み出したのは誤爆だったと思うが、上手くやればもっと詳細なこの世界の情報が出てくる」
さっきまでの彼女は、俺にこの世界の秘密を守っていたはずだ。
だが今は意気揚々と説明する。
「……何か企んでいるのかベノム?」
「なんだいイット? お姉さんのこと信じられないのかい?」
「……ああ、さっきから、ベノムは俺等勇者からこの世界の秘密を守ることが目的のはずだ。なのにその……さっきからやり方を俺に教えすぎだ。言動が矛盾してる」
そこまで言うとベノムは笑う。
「そうだな。確かにそうだ」
「否定しないんだな」
「ああ……はあ……あんまりこういうことは言いたくないんだけど……さ」
彼女は溜息交じりに話す。
「お姉さんは未だに、君のことを心底頼りない奴だと思っている。君の詰めの甘さを沢山みてきたし、君の情けなさはこの世界の人々の中でも群を抜いている」
「……馬鹿にしてるのか?」
「ああ、馬鹿にしていると言っても良い。君のことを下に見ているからこそ応援もしている」
真っ直ぐ彼女は俺を見る。
「そんなダメで悪いところばかりの君をずっと見てきたからこそわかる。君は自分の為で無く大切な誰かの為に力を使ってきた。君は自分ではなく、自分では無い大切な誰かの為なら鬼にも化け物にもなれる」
「……」
「君に与えた物は自分の為には使わない。イット、君なら……私の情報も、この世界の誰か、救いを求めている誰かの為に使う。それだけは転生者であるとしても、君のことを信頼している」
そしてまた、彼女は俺の肩を叩いた。
いつの間にか俺の方がベノムより背が高くなっているのに今更気づいた。
「この世界が好きだと言った君の言葉。私はそれにかけたいと思った」
そう言うと、ベノムは皆に向けて指示を伝える。
「よし、時間が無い。さっそく外に出て魔法の準備をしよう。ソマリ、ギルド員を招集しな」
「了解です!」
ソマリは抱えていたウィルをコハルに返し、すぐに廊下へ出て行く。
それを確認した所で不意にベノムがスッと手を伸ばし握手を求めてくる。
何となくわかる。
協力するかしないか、それを示せということだろう。
俺は少し考え、彼女の手を取ろうとする。
「イット、ソイツの手を取れば戦うってことよ。本当に良いの?」
後ろからアンジュの声が聞こえた。
わかっている。
俺が死ぬ可能性は高い。
だが……スカウトギルドの力を借りれるなら、家族を守れる可能性も上がる。
俺は一瞬止まった手を動かし、彼女の手を握った。
「交渉成立」
ベノムはいつもの悪戯な笑みを浮かべた。




