第183話 使わなかった力
「これで終わりだよ」
手足が元に戻った血まみれのベノムは、倒れる俺に銃口を向ける。
俺は気配だけを感じ、その時を待った。
彼女が続ける。
「君との時間は楽しかった。だが、私の期待は超えられなかった。私を超えられなければロイスを止めるのは不可能だろう」
「……」
「おやすみイット……君はよく頑張った方だ」
トリガーを引き、大きな破裂音が鳴り響く。そして俺の額へ着弾する。
はずだが……
「……ッ!?」
弾は着弾せず俺を覆う透明な壁に当たり、その壁はガラスのように砕け弾も弾いた。
俺は空かさず目を見開き、起き上がると同時にベノムを思いっきり蹴り飛ばした。
「くっ!」
彼女がのけぞると同時に魔法を展開する。
「風弾」
見えない風の弾がベノムに直撃し、彼女を鏡へ吹き飛ばす。
「うっ!! かはっ!!」
鏡に直撃するとバウンドし彼女の身体は柱に衝突する。
衝撃で一瞬ぐったりとしたのが見えた。
俺は魔法を展開する。
「混沌弾」
鏡に向けて、もっと殺傷能力の高い魔法を打ち込む。
「……ッチ!」
ベノムが意識を取り戻すと柱から離れようと動き出す。
俺は聖印を取り出した。
『偉大なる祖よ。歪みの理を示したまえ』
手元の聖印が瞬くと、ベノムの胸辺りに光の十字架が一本突き刺さるのが鏡越しにわかる。痛みなどは感じていない様子だが、その場から動けなくなったことに困惑している様子だった。
「お前!? ようやく奇跡を使いやがったな!」
嬉しそうにベノムが叫ぶと、彼女も奇跡を唱える。
『偉大なる祖よ。邪を写し汚れを祓う聖鏡を与えよ!』
動けないベノムの目の前に鏡が現れ混沌弾が弾き返される。そのまま鏡達反射し俺に戻ってくるのが想像できる。
スタッフを拾い投げ魔法に当てる。
魔法で此処が崩壊しないのを防ぐためだが、思い入れのあるスタッフは壊れてしまった。俺はその場から離れベノムのいる柱へ近づく。
『偉大なる祖よ。万物の理を押しのけよ』
俺の後方からソマリやベノムの物程では無いが細長い光の手が現れ彼女の方へと伸びる。
詠唱呪文はあるが、手を動かし続ける魔法より圧倒的に奇跡は使い勝手が良い。
魔法の縛りを気にせずに放てるのは本当に楽だ。
初めて使ったが、こうもあっさり思い通りにコントロール出来ると本当にこの奇跡という代物は恐ろしく感じる。
光の手を柱の裏に伸ばしベノムを捉える。
「クソがッ!」
彼女を掴んだ腕を操り引っ張り出す。
そのまま俺の立つホーム中央の床へ叩き付ける。
「かはっ!?」
俺はそれを確認しながら魔法を展開し始める。
地面に叩き付けられたベノムだが、転がりながらもすぐに起き上がる。
『偉大なる祖よ。万物の理を押しのけよ!』
ベノムの奇跡で俺のよりも明らかに太く大きな光る手を出現させ、俺の生み出した細い手を振り払う。
「調子になるなよ……信仰力は私の方が圧倒的に上だ!」
ベノムの生み出した手が俺に襲いかかる。
俺は完成した魔法元素を放つ。
「混沌弾」
光る手に魔法が直撃しガラスのように互いが割れ、消滅していき爆発する。
煙が舞う中、俺はバックラーを彼女へ投げ込み機関銃を握った右手に直撃する。
「くっ!」
バックラーの磁力が弱まっているが、上手く機関銃へ張り付き遠くへ吹き飛ばす。
魔法を展開し放った。
「炎弾」
火球が真っ直ぐベノムへと飛んでいく。
「……ッ!!」
彼女は自分を庇うように腕を前に出すが、炎の魔法が直撃すると、全身を覆い尽くすように燃え広がった。
「うわああああああ!」
ベノムは地面に倒れのたうち回り、身体や衣服に付いた炎を消す。
それの様子に注意しながら俺は落ちている拳銃を拾い、彼女が起き上がる前に馬乗りで拘束する。
「動くな!」
俺は上から銃口を彼女の眉間に突き立てる。
「ッ……」
やけどを負いながらもベノムはこちらを睨み付け、片手に持った拳銃をこちらに向けようとするが、俺はとっさに彼女の腕を足で押さえた。
「これで終わりだ……ベノム」
俺が言い放つとベノムは鼻で笑う。
「まだ終わってない」
クイッと顎で銃口をさす。
「早く私を殺しな。それで終わりだよ」
「そこまでしなくて良いだろ! もうこれ以上戦う必要は無い!」
すると、ベノムの表情は冷たくなる。
「生易しいことを言うな。私を殺さなければ、いつか必ず私がお前を殺しに来るんだ。それに、私が死んだとしても変わりの人物が君を殺しに来る。ここでケジメを付けろ」
彼女は強く睨む。
「覚悟を見せろ! お前の成長を見せろ! イット!」
俺はその言葉を聞き固まった。
だが、すぐさま息を整え突きつけていた拳銃を投げ捨てた。
「こんなことは覚悟でも成長でも無い。ベノム、貴方は間違えている」
「甘えるな! 吸血鬼や魔物は殺せて何故私を殺さない!」
「貴方は!! 俺にとっての……恩人だ……」
真っ直ぐ彼女を見下ろすと、深く溜息を吐かれてしまう。
「失望したよ……イット」
彼女は持っていた拳銃を鏡に向ける。
反射させてこちらへ撃ち込もうとしているがわかった。
だが――
「なっ!?」
引き金を引く。
何度も引こうとする。
だが、無限の弾が出るはずのチート銃のトリガーが引けない。
ベノムが拳銃を地面に叩き付ける。
「クソ! こんな時に弾が詰まって――」
「一度だけ人間に幸運をもたらす奇跡。ベノムが撃ち、俺に直撃するはずだった弾が出せなくなった」
吸血鬼と戦った時にソマリが使った奇跡。非常に強力なあの奇跡。あれだけはしっかり教えてもらった。
「俺はもう攻撃する気は無い。これで……俺達は引き分けだ」
その言葉に、ベノムは口を開けて硬直するがしばらくして笑い出す。
「あっはははははは! 引き分けって……はははははは!」
「……」
「わかった、もういい。甘すぎるが認める。君は私に勝った」
「いや……勝った訳じゃ……」
「勝ち負けは両者の実力が近しければ産まれる。だが、実力の差が無ければ引き分けという結果を生み出すことは出来ない」
……
ベノムはいつも……とは違う、優しい表情を見せる。
「君はこれにて、スカウトギルドからの脱退を認める。もう私に……私達教団の奴らの中に、君を止める手段を持つやつがいないだろう。今のロイスと同じようにな」
「……まさか試したのか。俺の今の実力を引き出させて」
「強くなってくれて、お姉さんは嬉しいよ」




