第120話 白い糸よ
俺は即座に魔法を展開する。
「風流変動!」
俺達の目の前に物体の軌道を逸らす風の盾を作り出す。
魔法に触れた白い糸達は、魔法の効果通り直線に伸びた軌道を曲げられ有らぬ方向へ分散する。
だが、魔法の効果範囲を超えるとすぐに軌道を修正しこちらへ向かってきた。
「な、何なんだこれは!? 魔法か!?」
俺は思わず言葉を漏らす。
ロイスが答える。
「魔法の形式では無い。どちらかと言うと生き物の様な挙動だ! ルド、頼む!」
「言われなくてもやりますわ!」
俺達を庇い、白い糸を絡め取るように飛び出したルド。
「くッ!」
彼女の片手に装着された盾とレイピアの薙ぎ払いで糸を弾き上げていくいく。
だが、その糸は弾かれた後も軌道を彼女の身体に絡まっていく。
「ルド!?」
ロイスは声を上げる。
彼女は、悪態をつくように答えた。
「あーもう、うるさいですわ! さっそく奥の手を使いますわよ!」
ルドは自身の軽装防具の装飾に触れる。
すると急所を最低限防護していた軽装の内側から新たなプレートが現れ、彼女の身体周りに沿いながら覆い込む。
一瞬の間に彼女は重装騎士の様な甲冑を着込んだ姿となった。
更に盾も同じように広がり、上半身を隠せる大盾となった。
「ルドちゃんの鎧と盾が!?」
その形態変化に驚くコハル。
あの鎧と盾の正体が分かっているのでいつも通り答えようとした。
コハルも咄嗟に俺と目線が交わるが……
「「……」」
互いに目が合うと何も話せなくなる。
俺の代わりにロイスが解説してくれた。
「あれはルドの家系が産み出した変形甲冑っていう魔道具だよ。重装、軽装と状況に合わせて変えられるんだ」
そう言うと、彼は剣を抜く。
「コハルちゃんも、ルドの援護をお願い!」
「う、うん!」
そう言って二人は前へ掛けていった。
ルドはというと、フル装備に身を包まれプレートの開閉を利用し絡まる糸をこじ開け引きちぎっていく。
ロイス達が援護で前線に赴いた頃には、糸はほとんど解れていた。
「何なんですのコイツ! 魔物? それとも吸血鬼? 見たことがありませんわ!」
ルドに絡みつく糸が振り払われ、陣形も立て直す。入り口からの奇襲に、改めて身構える。すると、新たに白い糸がこちらに向かってきた。
だが――
「なっ!?」
先程とは比べものにならない糸の波が前衛のロイス、ルド、そしてコハルを飲み込む。三人を飲み込んだ糸はまるで繭のように大きな塊を作った。
「み、皆!?」
「クソッ!」
最後方にいたソマリが叫ぶ。
俺は急いで魔法を展開し始める。三人を覆った糸の塊は城の中へと繋がっている。
切断された糸はルドから離れ消えていったのを俺は見ていた。
なら、途中を断ち切ってしまえば皆が解放されるはず。
俺は城壁の上に向けてスタッフをかざす。
「氷壁!」
魔法を出現させる。
空中に氷で作り出した大きな長方形の塊をギロチンに見立てた。皆に当たらない位置へ作り出し落とそうと構える。
「ロイス様!!」
だが、想定外が起こった。
俺達後方組と共にメイドのシャルが糸の塊へ凄まじい勢いで飛び出して行った。
「おいバカ!? 今魔法を展開してるだろ!」
俺の静止を聞かずにシャルは糸の塊へ到着し、あろうことかギロチンの切線付近に到着しナイフで糸を切り始めた。
俺と同じ事を考えたのだろうが、俺が先に魔法を展開したにも関わらず、周りが見えていないのか、ロイスのピンチに猛進する彼女に思わず舌打ちしてしまった。
このままでいれば氷のギロチンで糸を切断出来る。
だが、シャルを巻き込む可能性がある。発動した魔法を途中で止めることは出来ない。
……俺は奥歯を噛みしめ手を動かす。
「雷弾!」
落ちる氷のギロチンへ弾速の早い魔法を込む。雷を打ち込まれた氷の塊は真ん中から破裂し破片が飛び散る。
自身の魔法を自身の魔法で打ち消す無駄な時間を費やしてしまった。
破片が飛び散る中、気にせずシャルは糸を切り刻み続けるが切り放すには未だ時間が掛かりそうである。
「――ッ!?」
それどころか、糸の塊はシャルに無数の糸を伸ばし、一気に塊の中へ取り込んでしまった。声を出す間もなく彼女は取り込まれ、満足したかのように皆を絡め取った糸の塊は勢いよく城内へ引き戻されていった。
俺とソマリだけが残されてしまう。
「イ、イット君!」
ソマリの声に俺は我に返った。
入る前に戦力の半分以上を削られ、しかも前衛が消失した状況。パニックを引き起こしそうな思考が駆け巡ろうしていた。
だが、何とか踏みとどまる。
俺達は判断しなければならない。
応援を呼びに王都へ戻るか、彼等を助けに行くか。
ここから王都まで急いで往復して約二日掛かる。それまで、彼等が無事で居てくれる保証は無い。歴代最強のロイスが居たとしても、こうして敵の初見殺しの奇襲で陣形を崩されたのだ。戦力の減った彼等が、得体の知れない相手を打ち勝つことが今の状況で想像できるか?
それに……コハルも持って行かれたのだ。
もう、この時点で選択肢なんて俺の中に存在しない。
「ソマリ、急いで追い掛けるぞ! 皆を助けに!」
俺の言葉にソマリは待っていましたと頷き、俺達は急いで暗い城内の中へ潜入する。




