きづいて
カラカッカ、カラッカカ。
ドドン、ドドン……
町村さんの清々しい太鼓の音の中。
くーちゃん、瑞帆さん、菜穂ちゃん。
そして、シンボルマークのライトグレーの浴衣に身を包んだ吉岡のおじさん。里菜、望、私。
並んで踊る『葛飾音頭』。
吉岡のおじさんの踊りは、もう踊り方で遠くから見ても、おじさんだって分かる独特な振りや動きがある。
後ろに重心を取って、空を仰ぐ様に体を逸らして手をかざす。
足を運ぶときは膝を高く挙げて、飛び跳ねているように。
どことなく嬉しそうな、その背中。
おじさんは、私たちもそうだけど、ここに踊りに来る子供たちみんなに分け隔てなく接してくれていた。
そんな盆踊りをずっと見守ってきた吉岡のおじさん。
この町からいなくなっちゃうのは正直寂しい。
その姿をしっかり目に焼き付けていた。
でも。
そうか、おじさんの方が寂しいのかもしれない。
「おじさん、振り小さいよ」
私の声にみんなが笑う。
「参ったな、踊りの達者に囲まれると、気が抜けない」
「おじさん、ほらもっと、ちゃんと指先止めないと」
里菜が拍車を掛ける。
「はいはい。こうかな、手厳しい先生方だ」
「いい感じ、いい感じ、でも腰もっと落とさないと」
今度は望。
「もう、みんな、おじさんをいじめちゃだめでしょ」
菜穂ちゃんがかわいい声で怒る。
「ありがとう菜穂ちゃん。でもみんな怒ってないから大丈夫だよ。おじさんに楽しんでもらおうとしてるだけだから。ありがとう菜穂ちゃん」
「ふーん。じゃあ、おじさん、私の踊りはどう?」
「うん、いいと思うよ」
「違うでしょ。そこはちゃんとダメだししてくんなきゃ」
みんなが笑う。
こんな時間が好き。
昨日、自信なさげに話しをしてた菜穂ちゃんも明るい声。
本当に菜穂ちゃんは優しい子。
いつも笑って。
頑張り屋さん。
家族みんなも仲良しだし。
輪の真ん中を向いて手拍子。
おじさんの笑った横顔にきゅうってなる。
そして、前を向く。
大きく右足を踏み込んで両手を広げる。
視線の先、ちょうど撮影している岩崎くんと目が合った。
微笑む私に、片手でオーケーマークを作っていた。
スマホを手に嬉しそうにはにかんでいる。
岩崎くんとは、今まであまり会話したことなかった。
これといった印象も真面目なことくらいかな。
ふざけたり騒いだりすることもないし。
掃除当番とか率先して動くし。
岩崎くんと委員会が一緒の望が、よく気がつくし頼りなさげだけど頼りになるって不思議なことを言っていた。
くしゅって胸の辺りがくすぐったい。
動画のことも、いやな顔一つしないで、快く引き受けてくれたもんね。
あ、そうだ。
あとで聞いてみよう。
誰に踊り教わってるのか。
どんな練習をしているのか。
なにより、どうして盆踊り踊ろうと思ったのか。
☆
吉岡さんの踊りは、もうなんだろ『吉岡音頭』。
もう、かっこいいし上手いし。
この人じゃないと踊れない踊り方。
でも、今なら分かる。
基礎があるからこその応用だって。
この一年練習してきて思ったのは、最初は宥羽の真似をしようとしてた。
でも、手の動きとか、それこそ浴衣の袖を掴む動きとか、真似できても他が着いて来なくて、ぎこちなかった。
真似て踊ってる筈なのに、宥羽みたいにしなやかな動きにならなかった。
だから、お手本動画を見て。
一から基礎の踊り方を体に染み込ませたんだ。
その上で宥羽の真似をしたら。
あの袖を掴む動作もすんなりできたから。
だから、吉岡さんの踊り方は一つの極致なんだと思う。
動画を撮りながら、みんなが楽しそうで。
ついつい、宥羽だけを撮りそうになってしまって。
でも、人のために何かをしたいって良いもんだなって。
ドドン、ドン、ドン、ドン。
『葛飾音頭』が終わった。
みんなで吉岡さんを囲んで俺の方にやってくる。
「岩崎くんありがとう」
宥羽の笑顔とお礼と。
ご褒美にしては出来過ぎだな。
「どういたしまして、たぶん、大丈夫?」
「たぶん?」
望が突っ込んでくる。
「良く撮れたと思う」
「ありがとうございます」
白い浴衣の女の人が頭を下げる。
「いえいえ」
宥羽にスマホを返すと、その白い浴衣の女性に渡していた。
覗き込んでみんなでスマホを眺めて。
「わー」
と歓声を上げている。
「良く撮れてる岩崎」
里菜の声。
「岩崎くん上手」
宥羽の声。
振り向いて微笑んでくれた。
かわいいな……
「本当だ、ありがとう」
白い浴衣の女性は俺に向き直り、頭を下げてくれた。
「いやいや、喜んでもらえて、良かったです」
「あっ、じゃあ私、櫓行くから」
久美さんはその輪の中から抜けていった。
喜んでもらえたし。
よし、気合を入れ直して練習だ。
一歩踏み出した時。
「君」
「あ、はい」
吉岡さんに呼び止められた。
そのまま、吉岡さんは俺の肩を抱くようにして、宥羽たちの傍から少し離れた。
小さな建物の横で、吉岡さんが俺と面と向かう。
「よく一年でここまで上達したね」
「え?」
「去年、見よう見まねで踊っていたろ?」
「はい、知ってたんですか? 俺のこと?」
「大体踊ってくれたこの子とは覚えてる。全部じゃないが」
苦笑いひとつも優しい。
「君の踊りの筋が良い。しかも、手本にした子が良い」
「え? 分かるんですか?」
「私じゃなくても、踊りを知ってる人が見たら気付くと思うよ」
確かに望は気づいてた。
「老人の戯言だと思って聞いてくれ若者。宥羽ちゃんはいい子だよ。気にかけてくれたら嬉しい。それと、これからも盆踊り踊ってやってくれ、気が向いた時でいいから」
「はい」
疑問の余地なんてなくて、自然と返事をしていた。
吉岡さんは、目尻にたくさんの皺を作っていた。
ドンドンドン。
カラカッカ……
『東京音頭』が流れ出す。
「さあ、行った、行った」
吉岡さんは手で払うように俺を促した。
頭を下げて輪の中に加わる。
気にかけてやってくれ……
盆踊り踊ってやってくれ……
何か分からないけどすごい大切なことのように思えて。
吉岡さんの言葉が妙に頭の中に残った。
☆
ドンドンドン。
ドドンドドン……
賑わう太鼓の音が、私の心臓を叩く音のように響く。
まあくんは、今日も出てきてくれなかった。
スマホを巾着に仕舞ってお寺の門をくぐる。
もう、たくさんの人が踊っている。
『ハア 幼なじみの
チョイト 観音様はヨイヨイ
屋根の月さえ 屋根の月さえ懐かしや……』
東京音頭。
この楽しそうな音が、あの部屋のまあくんにはどんな風に聞こえているんだろう。
まあくんがひきこもったのは私のせいなんだ。
私の余計な一言や行動が。
今も――
そうなのかもしれないけど。
ケガをしながら部活やってたの知らなくて。
頑張ってるのに頑張れって無邪気に励まして。
まあくんは無理をして怪我を悪化させて。
大好きだったサッカー出来なくなっちゃった。
無理をしたのは私のためだって。
まあくんが怪我をした試合の日。
私の誕生日だったからゴール決めてってお願いをした。
まあくんは、小さい頃からいつも私の願いを叶えるようにゴールを簡単に決めてくれていたから。
ゴールパフォーマンスで人差し指を空に掲げて、顎の下で逆さまのピースをする。
それは、私たちだけのサイン。
手の文字で人差し指を立てるのが『せ』
本当は中指を立てるんだけど誤解されるからって。
下向きのピースサインは『な』
そう、まあくんはゴールを決めるたびに私の名前を作ってくれていたんだ。
それが見たくて、あの日も――
でも、相手選手と接触して、膝を抱えて地面にうずくまる、まあくんをスタンドから見ている事しか出来なかった。
もうサッカーは出来ないかもしれないけど。
まあくんは私の大切な人なんだ。
だから、この盆踊りを昔のように踊ったら、思い出してくれるんじゃないかって。
あの時の約束を――
「あれ? 君って確か?」
顔を上げると、町村先輩がペットボトル片手に歩み寄ってきた。
「お久しぶりです先輩」
「久しぶり、あれ? 誠は一緒じゃないの?」
きょろきょろと辺り見回す先輩。
小学校まで、まあくんが入っていた少年サッカーチームの先輩。
中学も一緒だった優しい人。
まあくんが怪我をして引きこもるようになっちゃったのは先輩が卒業した後。
「あ、ええ」
俯いてしまう私。
「どうしたの、何かあったの?」
「いえ、別に……」
「誠はサッカー続けてる? あいつうちの高校来ないかな? どこ行くって言ってた?」
「ああ、えーと。まだ決めてないんじゃないかな」
「そうなの? まあ、あいつの力なら推薦取れるんじゃないかな」
どんどん地面が近く見えて。
胸が苦しくて、浴衣の襟を押さえながらしゃがみこんでしまった。
「ちょっと、瀬那ちゃん大丈夫?」
先輩はしゃがんで声を掛けてくれた。
泣いちゃいけないし、話しちゃダメって思った私は顔を伏せたまま。
呼吸が……
私は帯に挟んである紙袋を口に当てた。
「瀬那ちゃん?」
先輩の声に私は大丈夫という思いを込めて片手挙げた。
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