すれ違って
櫓から梯子を伝って降りて来る宥羽の姿。
体のラインを見てしまって。
ドキッとする俺。
でも、いやらしいことかもだけど。
そういう目で見たことは少ない。
そりゃ好きな子だから……
見てしまうこともあるけど、そういう対象じゃないんだよ。
宥羽は。
微笑みを浮かべた宥羽の元に、望や里菜、久美さんと輪になって話している。
知り合いだろうか。
小さな子供が話しかけてきて。
しゃがんで話している。
話し終わったのか両手を振って――
かわいい。
笑顔も……
「おい、暁斗。あの子のこと好きなのかお前?」
「ああ」
「そうか、お前好きなのか」
「ああ」
「おい聞いてんのか?」
「ああ」
「ちぇっ。俺さあの子に惚れたから口説いてくるわ」
「あ?」
ハッとして将を見ると、ニタニタと片眉を上げながら腕を組んでいた。
「お前、今なんて言った?」
「あ? いやあの子いいじゃんって思ってさ」
ぬるい風が将の髪を靡かせた。
将が宥羽を見つめる視線に心の中の何かが揺れる。
「宥羽はお前には、無理だよ」
「何ムキになってんだよ。俺が手出すの文句あるのか?」
「文句っていうか、宥羽はダメだ」
口の端を上げて笑った将。
「お前に俺を止める権利はないし、それに……」
「なんだよ」
「お前さ、俺のこと勘違いしてるよなずっと」
「何がだよ」
「俺は自分から好きになった女の子はいない。あの子が初めてかもな」
「紗友里ちゃんはどうするんだよ」
「別れる……っていったら?」
「お前な……でも宥羽だけはダメだ……頼むよ……」
自分ながら情けない声だった。
チラッと送った視線の先。
少し俯いて髪を触っている宥羽。
「悪い……ちょっとお前をからかった」
将は俺の肩をポンと掴んだ。
「は?」
「お前好きなんだろ? だったら告ってこいよ」
「あ? ん? いつ俺が好きなんて言ったよ」
「顔赤いぞ。さっき言ったろ」
「は?」
「まあいい。でもあの子モテるな。とっとと振られちまえよ」
将はそう言いながら歩き出した。
「おい」
「腹減ったから帰るわ」
「ったく」
その後ろ姿を見送りながら拳を握りしめた。
将が宥羽のことを好きだって言った時。
ものすごく嫌な黒い感情が俺の中に湧いた。
自分でも反吐が出そうなほど。
気持ちを落ち着かせようと宥羽の姿を探した。
さっきまでいた場所に宥羽たちの姿はなかった。
ザザー。
境内の木が震えた。
見上げたその上の三日月が俺を見つめていた。
☆
「ゆーちゃん上手かった。ばっちしじゃん。明日も叩く?」
「うーん。太鼓楽しいけど、明日は踊る。最終日頑張りたいから」
「そっか。でもこれで太鼓の叩き手、増えたし嬉しい。しかもゆーちゃんかっこよかったよ」
「ありがとう。くーちゃん」
嬉しくてにっこり笑う。
「宥羽、すごかった」
「ほんと、久美さんみたいだったよ」
望と里菜が私の腕を掴む。
「えへ、そうかな」
笑顔が止まらない。
かすかに手に残る、太鼓から伝わった振動を噛みしめるように両手を握る。
「おねえちゃんすごかった」
浴衣が引っ張られる。
隣に住んでいる小学三年生の菜穂ちゃん。
かわいいおさげとピンクの浴衣。
かがんで頭を撫でる。
「菜穂ちゃんも、踊り上手くなったね」
嬉しそうに恥ずかしそうに体を揺すって笑う。
「おねえちゃん、私もコンクールで決勝行けるかな?」
袖を握った手で口を隠しながら、菜穂ちゃんは、少し俯いた。
菜穂ちゃんは、この年代の子達にしたらとても上手。
決勝には年齢とか関係なくて、毎年小学生の低学年の子も選ばれてるし。
私たちもそうだった。
気休めな言葉じゃなくて。
菜穂ちゃんなら――
「菜穂ちゃんは上手だし。しっかり練習の成果を出せれば行けると思うよ。それから、楽しむのを忘れないことかな」
「うん。頑張る」
ハッとして顔を上げた菜穂ちゃんの目は提灯の明かりを宿して揺れていた。
「じゃあね、またね、おねえちゃんも頑張って」
「うん、負けないよ」
菜穂ちゃんは、小さく手を振ってお母さんの元へ走って行った。
私が両手を振ると、真似して両手を目一杯、振り返してくれた。
「おう、久美、遅くなった」
その声の主は、くーちゃんの彼氏の町村隼さん。
くーちゃんと同い年で中学の時の先輩でもある。
高校もくーちゃんと一緒で、サッカー部のエース。
私はゆっくり立ち上がる。
町村さんのくーちゃんを見つめる眼差しに、そっと襟元に手を添えた。
そして、私たちにも、とても優しいひと。
「残念、宥羽ちゃんの太鼓見れなかった」
「え? 私のでしょ?」
「基本はそうだよ、でも宥羽ちゃんのってレアじゃん。もう叩かないのかな」
「ゆーちゃんはコンクールに向けて練習するから、今年はなーし」
「そうなんだ、残念だな」
ちょっと嬉しかったけど。
口をすぼめて笑顔を堪える。
でも――
なんかこんなやりとりを見ていると。
恋も、いいのかもって思える。
肩をすくめて、何気に逸らした視線の先。
岩崎くん?
知らない男の子と喋ってる。
岩崎くんの落ち着いた雰囲気とはそぐわないような、少し華やかな感じの子。
!
その男の子と、一瞬目があった。
そして。
私を見て笑った――
気がした。
「どうしたの宥羽?」
望が袖を引っ張る。
「ん? 何でもないよ」
「ああ、岩崎?」
「え?」
「なんでか知らないけど、盆踊り気合入ってるみたいよ」
「ああ、確かに上手だった」
「ふーん。目についたんだ?」
望が肩で小突いてきた。
「ん?」
「私から見ても上手だった。岩崎でしょ?」
里菜も頷いている。
「でも、いいよね男の子が踊るのって……」
「あれ? 宥羽どうしたの? ぽーっとしてる?」
望がジーッとこっちを見ていた。
「ん? してないよー」
前髪を直すふりをして顔を背けた。
「じゃあ、みんな、家でご飯食べてきなよ」
くーちゃんが片手を挙げる。
「いえーい」
私たちも片手を挙げる。
くーちゃんの家はお好み焼き屋。
踊り終わったら、みんなでもんじゃを食べるのも恒例。
私たちはくーちゃん達のあとをついて行く。
さっきの二つの変な気持ち。
何だったのかな?
大きく息を吐いて見上げた空に微笑みかけているお月様がいた。
☆
私はママの手をそっと握った。
「どうしたの菜穂?」
「ママ。パパは来ないの?」
「え? ああ、たぶんお仕事忙しいのかな」
私はうつむいた。
嘘だ。
だって、もうずっとパパは家に帰ってきてないもん。
去年は家族三人で盆踊り踊ったのに。
ママもパパも楽しそうだったのに。
どうしてなんだろう。
「パパに私の浴衣と盆踊り見せたいのに」
「じゃあ、ビデオ撮ろうか」
「ちがうの、ちゃんと見せたい」
ママはしゃがんで、私の顔を見つめる。
笑ってるのに哀しそうだった。
「ごめんね。菜穂」
私の頭を撫でたママの手は宥羽おねえちゃんより冷たくて震えていた。
「私、楽しみにしてたのに。去年みたいに……」
私は悲しくてママの手を解いて駆け出した。
踊りたいのに。
みんなで一緒に今年の盆踊り。
約束したのに。
境内の隅っこの大きな木の根元にしゃがみこんだ。
泣きたくないのに涙が出る。
タッタッ……
足音が近づいてきた。
「菜穂……」
ママの声がして、私の背中をそっとさする。
「ママ……と……パパと……い、い、一緒に踊りた、い」
ママは私を抱きしめた。
楽しい日になると思ってたのに。
楽しみにしてたのに。
ママの肩越しにお月様がぼんやり光ってた。
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