好きのむこう
『東京 東京 大東京 サテ
咲いて咲かせて いつまでも ソレ いつまでも~……』
ドドンドドン。
カラッカッカ……
『大東京音頭』は練習している時、一番難しかった。
他の二曲と比べて少しテンポが速い。
それに、なんか振りが多いというか、動きも多い。
この踊りでも宥羽は『東京音頭』と同じことするんだ。
ひじを曲げた右腕を外側から大きく巻き込んで。
グッと上に伸ばしながら手首をくるって回して。
手で何かを掴むような仕草をして。
しかもこっち踊りの時は、少し飛び跳ねる。
そこで、左手で右の袖を掴む。
左手を上げる時は右手をひじあたりに添えるだけ。
これが、最初は難しくて。
特に飛び跳ねる動作と手とかがリンクしなくて。
でも、今はいい調子。
宥羽の友達の望や里菜も一つ外の列で踊っている。
二人も宥羽に負けじと上手い。
それもそのはず、仲良し三人組は小さい頃から揃って舞台の常連。
三人の中で一番背が高い望の踊りは逞しさがある。
腕を目一杯に使って、動作に合わせて右に左に軸を傾けて。
里菜は小柄だけど、バネがあるような躍動感がある。
それでいて表情がどこか儚げで、常に少し上を見ている。
それにしても、浴衣を着てるからか。
髪型が違うからか。
二人とも少し大人びて見える。
まあ、宥羽ほどじゃないけど、かわいいとは思う。
望とはクラス委員が一緒だから話す機会があって、盆踊りのことやコンクールのことを教えてもらった。
その時、
「もしかして宥羽のこと好きなの?」
って聞かれて誤魔化したけど。
なんでそう思われたのかは分からない。
それ以上聞いてこなかったし。
逆に突っ込まれても困ったし。
でも、宥羽は今年のコンクールで優勝したいって、気合が入っているというのは聞いた。
去年は準優勝だったからかな。
少なくとも俺の中では宥羽が優勝なんだけど。
じゃあ、何で太鼓なの?
ドドン、ドドン。
ドン、ドン、ドン……
弾ける太鼓に射抜かれそうになって。
いやいや集中。
でも――
視線が流れて、太鼓叩いて笑っている宥羽。
その姿もめっちゃかっこいいし。
かわいい。
もう反則だろ。
☆
ドドンドドン。
カラッカッカ。
ドン、カラッカッカ。
ドン、カラッカッカ……
体全体で太鼓の音を浴びながら。
やっぱり好きだなって。
このリズム。
太鼓をやってみたいと思った理由は、くーちゃんの楽しそうに叩くその姿に純粋に憧れたこと。
私の中で踊りに対する楽しさは一ミリも減ってないんだけど。
前回、優勝できなかったもやもやがあったのは確かで。
去年のコンクールが終わった後の食事の時に、
「太鼓叩きたいの? 叩いてみる?」
ふと、くーちゃんが言ってくれた。
「どうして分かったの?」
「ゆーちゃんのことなら、少しは分かるよ」
くーちゃんは、もんじゃを焼きながらニコッと笑って。
「ゆーちゃんはね、踊りだけじゃなくて盆踊りが好きなんだと思う。それにさ、違うことに挑戦したら、踊りも、もっと好きになるよ。きっと」
それは、くーちゃんの言った通りだった。
太鼓を習っている時は、それに一生懸命で、踊りのことを忘れていた訳じゃないけど、手が回らなかった。
でも、太鼓に自信がついてきて。
ある時、くーちゃんのお父さんが、
「基礎は大丈夫。体が覚えてくれる。あとは宥羽ちゃんらしさで楽しめばいい」
って、声を掛けてくれた。
それを聞いた時。
急に踊りたくなって。
上手く言えないけど踊りに対する初心に戻れたというか。
さらに、自分らしく楽しもうって思わせてくれた。
だから、今こうして叩く太鼓も私だけが奏でる夏音で。
聞いている人がワクワクするようにって、叩いてる私みたいに。
「末永さんは、上手いね相変わらず」
後ろから、くーちゃんの声が聞こえた。
「色気だな」
「もう、お父さんったら」
くーちゃんが話しているのは、去年のコンクール優勝者の人。
私は準優勝だった。
悔しかったけど、あとでビデオを見たら。
納得だった。
うっとりするような表情に、静と動のメリハリが美しくて。
そして、くーちゃんのお父さんが言う女性の色気。
女性らしい体のラインが強調されていて、見惚れてしまったから。
私には出せないもの。
でも、私だって。
今の私なら私らしさを出せる――
「のんちゃんも、りーちゃんも、年々上手になってる」
「そうだな、宥羽ちゃんとその三人は決勝進出は固いんじゃないか」
「そうだね、今年こそ、ゆーちゃんに取って欲しいけど、私的には」
くーちゃん。
ありがとう。
頑張るよ。
ドドン、ドドン……
「あれ? あの子、ゆーちゃんの踊り方に似てない?」
ん?
「そうだな、確かに似ている」
「男の子だから若干違うけど、上手いな。あんな子いたかな」
「どうだろ、大体上手い人は覚えてるけどな」
「そうだよね、私も記憶にないな」
私の踊り方に似ている男の子?
誰だろ?
すると――
視界の中に岩崎くんが入ってきた。
あ?
私はくーちゃん親子が話している男の子が岩崎くんだって思った。
だって。
私の癖を。
私が真似たおばあちゃんの踊り方をしていたから。
浴衣の袖をしゅっと掴む。
誰に教わったんだろ……
☆
どうして、あの子なんだろう。
私だって自信はあるのに。
去年もあの子より下だった。
浴衣も髪型も髪飾りも。
踊りだって練習してるのに。
櫓の上で太鼓を叩いているあの子を見つめた。
「なにまた、飯坂さんのことライバル視してるの?」
「え? 別にしてないけど」
「もう、なんでそんなにあの子にこだわってるの?」
「は? だから関係ないし」
和佳奈は私を見て小さくため息をついた。
「愛里はさ、勉強も一番。運動も一番。水泳も一番。一等じゃないと我慢できないのは分かるよ。その分努力してるのも」
「なによ」
「いや、盆踊りで優勝したいなら分かるよ、なんであの子なのよ」
「だから、関係ないってば……」
嘘って分かるもんだね。
確かに、飯坂さんは踊り上手だし楽しそうだし。
だって。
慎吾くんが、あの子のこといいよねって。
話してたの聞いたから。
浴衣で踊る姿がかわいいって。
輪の中で友達とふざけながら踊っている彼を見た。
「私って、あの子より可愛くないかな?」
「ああ、牧野のことがあったのか」
にやっと笑う和佳奈。
「え? なに?」
「愛里は分かりやすい」
和佳奈は、横目でジロジロと私を見ている。
「ち、ち、違うし」
浴衣の袖を握りしめた。
「なに? で、あの子に勝ったら牧野の気持ちが愛里に向くって?」
「べ、別に……いけない?」
「あのね、漫画の読み過ぎ。好きなら好きって言っておいで」
「あ? なんで? なんで私が言わなきゃいけないの?」
「だめだ」
なぜか首を振ってうなだれる和佳奈。
「何がダメなの?」
「あのね、待ってるだけじゃ他の誰かに取られちゃうかもよ」
「なによ」
そんなことない。
あの子に勝てたら、慎吾くんは、きっと私に振り向いてくれるはず。
ドドン、ドドン。
ドン、ドン、ドン……
負けないから……
私は浴衣の袖を握りしめながら輪の中に飛び込んだ。
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