輪の中の想い
ドドン、ドドン。
カラッカッカ……
『ハア 花は上野よ
チョイト 柳は銀座 ヨイヨイ
月は隅田の 月は隅田の屋形船 サテ……』
今流れているのは『東京音頭』。
コンクールの課題曲の一つ。
よし!
俺は気合を注入する。
まずは内側向いて手拍子、タタンがタン。
前を向いて、タタンがタン。
右手をおでこの前にかざして、左手を外に真っ直ぐ流して後ずさり。
今度は左手かざして、右手を外に後ずさり。
左前に両手で丸書いたら、右前にも丸書いて。
右手を前に伸ばして、左手を右ひじに。
今度は左手を伸ばして、右手をひじに。
そしてここからは宥羽の真似をして。
右手を外から素早く弧を描き斜め上にかざしながら、左手で右の袖をつかむ。
左足を上げて、ちょんとつま先を地面につける。
左手の時は右手を肘の上に添える。
右足を上げて、つま先を地面に。
タタンがタン。
拍子を打ちながら、膝でもリズムを取るように。
よし。
この繰り返し。
いける。
宥羽が叩く太鼓に合わせて足を運び、腕を曲げ伸ばす。
振りに合わせて視線も意識しながら。
今年のために動画を見て暇さえあれば盆踊りを練習した。
宥羽の踊りを思い起こしながら。
最終日の盆踊りコンクールで決勝に進みたくて。
櫓の舞台で、宥羽と一緒に踊りたくて。
袖を掴んで、かざした右手の指先まで神経を配って。
なめらかに。
指を揃えた左手をかざして、止めの時に少し外にひじを張るように。
右手はそっと左ひじに添える。
宥羽は指の関節まで意識している気がする。
その柔らかな動きが、しなやかさを引き立てているようにも思える。
動き出しと、止めと。
それから動いている間も気を抜かない。
この日のためにお年玉で買った浴衣と下駄。
浴衣の裾が落ち着かないのと。
下駄がさすがに馴染んでなくて。
鼻緒が当たる指の間が少し痛む。
でも、体は動けてる。
ちらりちらりと目だけで、宥羽の姿を見ながら。
でも――
体に染み込ませた動きは崩れない。
いい感じ。
ドドン、ドドン。
カラッカッカ。
ドン、ドン、ドン……
まるで、宥羽が自分のために太鼓を叩いてくれているようで。
音色を聞いているだけでワクワクしてきて。
自然と肩の力が抜けてきて、頬も緩む。
宥羽の顔が思い浮かんで。
ああ、こんな感じなのか、踊ってる時の宥羽って。
そう思うと一段と楽しくなってきた。
☆
ドドン、ドドン。
カラッカッカ……
自分の叩いた太鼓で多くの人達が踊っている。
振りを揃えた人たちが、ゆっくり進みながら。
一人一人の静かな夏が弧を描きながら湧き上がってくるようで。
踊りのエネルギーを運んでくれているようにさえ思えた。
そのせいなのか、輪の中にいる時とは違う高揚みたいのが私の中にある。
お腹に響いてくる刺激がくすぐったい。
膝を使うところは踊りと一緒。
そう、体が覚えてしまえば、もう楽しい以外はない。
さすがに踊りのように周りを見れる余裕はないけれど。
ばちが跳ねる感触も。
緊張でかいていた汗も。
今は心地良いものに代わっている。
太鼓の先――
あれ?
岩崎くん?
見慣れないというか、初めて見る浴衣姿で踊っている。
濃い紺色に白かな、ストライプのような模様。
明るいグレーの帯を、シュッと真横に締めて。
へー。
上手いじゃん。
たしか、去年も踊ってたけど。
あの時はおどおどしていたのに。
今は堂々としていて。
楽しそう。
しかも、背中のうちわ『131』。
コンクール出るんだ?
中学で一年生の頃からずっと同じクラスだけど、盆踊りに興味があるなんて思わなかった。
男の人の踊りは女性と違った艶みたいなのがある。
特にベテランにもなってくると、その人の踊りって感じの型みたいなのがある。
吉岡のおじさんとか、浜宮のおじさんとか。
もう、遠くから見ても誰が踊ってるか分かるくらい。
でも――
きれい……
岩崎くんの振りは男性的というより女性のように柔らかい。
関節の使い方も。
足の運びも。
伸びやかで。
曲線的で。
提灯の淡い光に顔が照らされて。
いい顔してるな。
へー。
私も負けてられないな。
ドドン、ドドン。
カラッカッカ。
ドン、ドン、ドン……
☆
ドドン、ドドン。
ドンドンドン……
『ヤートナ ソレ ヨイヨイヨイ
ヤートナ ソレ ヨイヨイヨイ……』
太鼓の調子と歌声が風に乗って途切れ途切れに耳に届く。
昔は毎年踊っていた盆踊り。
音色を聞くと血が騒ぐと言ったら大袈裟だけど。
駅からお寺まで続く参道を足早に歩く。
社会人になって地元を出て一人暮らしを始めてから二年ぶり。
実家に帰るより先に足が勝手に向かっていた。
お寺の楼門をくぐれば、太鼓が一段と大きく響き渡っている。
提灯の明かりでオレンジ色に染まっている境内。
浴衣姿の老若男女が同じ方向を向いて同じ動きをしている。
へえ。
櫓の上――
浴衣姿の女の子が太鼓を叩いてる。
傍にいる子は叩いているのを見たことがある子。
なんか大きくなっちゃった。
あの子は小さい頃から太鼓を叩いていたから。
私も年を取ったってことか。
おかしくて一人笑う。
でも。
いいね。
女の子が叩くのって。
私は小走りに駆け寄って、リュックを背負ったまま輪に加わる。
見知った顔が何人かいる。
けど――
いる訳ないか。
小さい頃よく一緒に盆踊りを踊った男の子がいたんだよね。
中学に上がる頃には来なくなっちゃったけど。
どこか遠くで、この音を聞いているのかな。
見て貰いたかったな。
私は中学一年生の時に盆踊りコンクールで最年少優勝したから。
そういう私も大学に入ってから踊る機会が少なくなっていって。
大学二年の夏休みに踊ったきりだった。
だから、こうして体を動かすのは四年ぶり。
でも不思議と音楽を耳にしたら、私の細胞が覚えてるみたいで。
体が勝手に動く。
でも、今もちゃんとこうして盆踊りが行われているのが嬉しい。
太鼓の音も鐘の音も。
歌声や歌詞も。
あの頃からずっと続いているのだから。
両手を頭上に八の字にかざして。
『東京音頭』が終わる。
湿度があって、ちょっと動いただけで汗ばむ肌。
でも、懐かしい夏の匂い。
「おう、やっぱり瑞帆ちゃんや、踊り方でもしかしたらってね」
「ああ、吉岡のおじさん。ご無沙汰してます」
吉岡さんは盆踊りのベテランさん。
このお祭りの顔の一つ。
私が小さい頃から踊っているのに、容姿は変わらない。
そう、少し白髪が増えて、痩せたくらいかな。
「しばらく見なかったけど、元気にしてた?」
「あ、はい。一人暮らし始めたから」
「そうか。立派になったな。しかもべっぴんさや」
「もう、おじさん」
「夏休み? ゆっくりできそうなの?」
「はい」
「じゃあ、あれだコンクールでるの?」
「いや、さすがに……」
「いやいや、全然いけるでしょ。さっきのだってよかったよ。最年少優勝者が出てくれたら、大会も盛り上がるし」
首を捻って逡巡していると。
「じゃあ、おじさんのお願い叶えてくれないか」
「お願い?」
「おじさん、引っ越すことになってね。だから瑞帆ちゃんの踊り、見せて貰えたらってね」
「え? そうなんですか?」
吉岡のおじさんは仏様のような顔で笑っている。
提灯の明かりが優しく顔に落ちていた。
「久しぶりに帰って来てくれた瑞帆ちゃんと、ここで会えたのも縁だし。あのキラキラした踊りを、もう一度見られる機会を神様がくれたような気がしてね」
断る理由なんてない。
私の踊りを今でも覚えていてくれて。
小さい頃。
いっぱい褒めてくれたから。
「……はい。分かりました。昔ほど上手じゃないけど。頑張ります」
「そうかい。いいのかい? ありがとう瑞帆ちゃん」
目尻にたくさんの皺を寄せて笑う吉岡のおじさん。
そう――
皺も増えたかも。
『タッタ、タラララ、タラララ、タラララ。
タッタ、タラララ~……』
ドドン、ドドン。
カラッカッカ。
ドドン、ドドン……
『人が輪になる ソレ
輪が花になる ヨイサ ヨイサ
江戸の残り香 ほのぼのとけて……』
「じゃあ、久しぶりの踊り見てダメだししてください」
「ははは、分かった」
私は吉岡のおじさんの前で、『大東京音頭』の音色に合わせて足を運んで、手を揺らす。
なんでだろう。
少しだけ。
胸がきゅってなって。
景色が滲んだ。
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