夏音の名残の中で
夢の時間が終わった。
滲む汗を拭きながら、舞台から下りて行く。
宥羽は里菜と話しながら近くのお堂の方へ歩いて行った。
なんか願いが叶った嬉しさと同じだけ、心の中に風が吹き抜けるのは何故なんだろ。
なにかのアナウンスが響いて『令和葛飾音頭』が流れる。
ドンドンドン……
俺は建物の陰で踊っている人の輪を眺めていた。
やるだけのことはやったし、悔いはない。
宥羽と一緒に踊ることが出来た。
瞼を閉じて今の時間の記憶を忘れないように心に刻む。
「おい、暁斗」
「ん?」
目を開けると隣に将が立っていた。
「お前、かっこよかったぜ、それにいい顔してた」
「そうか……そっか」
「お前のスマホに動画送った。あとで見てみな」
「え? まじか?」
「ああ、大切な想い出って記憶しておくのも良いけど、記録しといたらなおいい」
「なんだ、その台詞。でも、ありがとう嬉しいよ」
「一生懸命に頑張った人間が見せる笑顔っていいもんだと思った」
「なんだ、急に」
「お前もそうだし、宥羽って子も、いや舞台で踊ってた人みんな。なんかそう思ったわ」
「ふーん、意外と意外だな」
将の口ぐせを真似てみた。
「ふん、お前の恋だからとやかく言わないが、上手く言って欲しいって思ってる」
「将……」
「じゃあ、腹減ったから帰るわ」
「おう……将、ありがとう」
背を向けて歩き出す将。
「あ……将と紗友里ちゃん。すっげーお似合いだよ」
一瞬歩みを止めた将は、そのまま片手を挙げて歩いて行く。
紗友里ちゃんの元に。
紗友里ちゃんは俺に小さく頭を下げて、将と手を繋いで人ごみに消えていった。
ドンドンドン。
ドドンドドン……
『炭坑節』が流れ始めた。
久美さんが太鼓を叩いている。
人の輪が踊りだす。
もう少し余韻に浸りたかった。
夢の時間をしっかり心に焼き付けるために。
☆
『ただいまより、第30回、盆踊りコンクールの審査結果の発表をします。名前を呼ばれた方は舞台に上がってください』
いよいよ発表。
人々がどよめき出す。
宥羽は望や里菜と手を繋ぎ。
その瞬間を待っている。
『まずは5位の6名から……
「36番。今野麻衣子さん」
「48番。浜宮清さん」
「75番。橘結衣さん」
「101番。安斉花音さん」
「122番。遠山瀬那さん」
「174番。渡辺栞さん」
以上の方々です』
名前が読み上げられるたびに拍手と歓声が沸く。
そして、その人たちは櫓の舞台に上がり景品を貰い記念撮影をしている。
『それでは、4位の4名です……
「65番。末永美幸さん」
「78番。十河菜穂さん」
「129番。七瀬笛乃さん」
「188番。葛原朋輝さん」
以上の方は舞台に上がってください』
どよめきが起こる。
去年の優勝者の人が呼ばれた。
宥羽の3位以上が確定。
よし。
大丈夫。
なんか俺まで緊張してきた。
当の宥羽は、4位に入ったあの小さな子に手を振っていた。
『では、3位の方、3名です……
108番。小幡望さん。
109番。大月里菜さん。
131番。岩崎暁斗さん』
おお、里菜と望。
宥羽たちと飛び跳ねながら喜んでいる。
ん?
!
俺呼ばれた?
嘘だろ?
俺?
里菜がちょろちょろやってきて。
「ほら、行くよ、景品貰ってこよう」
「え? あ、はい」
里菜に連れられ櫓の舞台へ。
周りには沢山の人がいて、拍手を送ってくれている。
何かお菓子の詰合せを貰った。
いやいや、そんな事より。
俺、3位だって。
「1年でここまでって正直凄い」
望は感心していた。
そして、3人で記念撮影。
宥羽と撮りたいとこだけど。
今は我慢。
撮ってくれるかな。
そんなことを考えながら舞台を降りる。
望と里菜は宥羽の元に駆け寄って行った。
俺は宥羽が見えるさっきの建物の脇に戻ってきた。
残るは2位と1位の発表。
宥羽はずっと組んだ手をおでこに当てて動かない。
久美さんたちや、さっきの見たことない女の子二人が宥羽を囲んでいる。
みんなも祈っていた。
俺も自然と祈った。
今日もいや昨日より断然、宥羽の踊りには表情があった。
だから大丈夫――
☆
『では、3位の方、3名です……
108番。小幡望さん。
109番。大月里菜さん。
131番。岩崎暁斗さん』
「望、里菜、おめでとう」
二人の手を握る。
「やったー!」
「ありがとう」
三人で輪になって飛び跳ねる。
「ほら、行っといで」
私は里菜と望の背中を押した。
望と里菜は岩崎くんを誘って舞台へ上がっていく。
望も里菜もどんどん上手になっていく。
それに。
すごいな。
岩崎くん。
私は拍手を送る。
当の岩崎くんは、踊ってる時の堂々とした様子は微塵もなくて。
なんか、おどおどしている。
でも、あれだけの踊りを、一年で踊れるようになるなんて。
くーちゃんが、私の肩を両手で掴んだ。
黙って笑っている。
そう。
あとは――
私は組んだ手をおでこに当てた。
心臓の音が、太鼓のように大きく鳴る。
望と里菜の声が近づいてきた。
おでこに当てた手に、汗が滲む。
隣でくーちゃんが、望が、里菜が、みんなが私の気配を窺っているのがわかる。
おばあちゃん。
私、やりきったよ。
どんな結果でも、私は、私の踊りを……
『2位の方、お二方です……
125番。高梨愛理さん。
163番。桜井瑞帆さん』
歓声が上がる。
呼ばれたのは、私じゃない。
……じゃあ、私は?
指先が震える。
騒がしいはずの場所なのに。
私の鼓動しか聞こえない。
なんか、途方もなく長い時間こうしているみたい。
『では、優勝者の発表です。
第30回、盆踊りコンクールの優勝は――
――110番。飯坂宥羽さん――」
――あ。
視界が、提灯の明かりで白く弾けた。
嬉しいとかより先に、膝の力が抜けた。
ぴょんと跳ねたのは、たぶん、自分の体じゃないみたいだった。
「やったね、宥羽!」
「ゆーちゃん、おめでとう!」
押し寄せるみんなの温かい手。
ハイタッチの振動。
その向こうに。
誰よりも高く、拳を突き上げている岩崎くんの姿が見えた。
――岩崎くん。
ありがとう。
私、頑張ったよ。
「ほら、ゆーちゃん行っといで」
「うん」
舞台に上がる。
提灯の明かりが、いつもより眩しく見えて。
「宥羽ちゃん、おめでとう」
「おめでとう」
櫓の上から、町村さんとくーちゃんのお父さんが声をかけてくれる。
「ありがとう」
小さく手を振った。
「飯坂宥羽殿、あなたは第30回盆踊りコンクールにて技能、表現、踊りに対する姿勢、全てにおいて秀でておられました。よってここに賞します……」
賞状を貰って。
記念撮影をして。
景品を貰って。
「宥羽ちゃん、おめでとう」
「宥羽~、おめでとう」
「おねえちゃん、おめでとう」
近所のおばさんや、お母さん、菜穂ちゃん。
色んな声。
私を支えてくれた人たち、みんなの声。
私は笑顔でお辞儀をした。
☆
『2位の方、お二方です……
125番。高梨愛理さん。
163番。桜井瑞帆さん』
歓声が上がる。
二人の女性が舞台で表彰を受けている。
宥羽は祈ったまま。
『では、優勝者の発表です。
第30回、盆踊りコンクールの優勝は――
――110番。飯坂宥羽さん――』
よっしゃ!
自然とガッツポーズをして、両手を天に掲げた。
名前を呼ばれた瞬間の宥羽の顔。
ぴょんと小さく飛び跳ねて。
両手で口を覆って。
ホッとしたような。
泣き出しそうな。
嬉しそうな。
みんなが宥羽の肩を叩く。
そして、ハイタッチをしながら舞台へ。
人が賞を取ってこんなに嬉しいって思えるんだって。
じんわりと心の中に温かさが広がっていく。
宥羽が賞状を貰って。
景品を貰って。
呼びかけに応えて笑顔で手を振る。
みんなの元へ戻ってきて、楽しそうに笑いながら写真を撮っている。
瑞帆さんや久美さん、あの小さな子も寄ってきて。
良かった。
宥羽が優勝できて。
すごいな。
ほんとうに。
かわいいな。
やっぱ。
しばらく見惚れていた。
トントン。
誰かが肩を叩いた。
「にやけすぎ。昨日のとこで待ってて」
望が背伸びをして耳元で囁いた。
「ん? なんで?」
「宥羽、行かせるから」
「え?」
「じゃあ」
「お、おい、ちょっと……」
望はすたすたと宥羽の元へ。
「まさかね、あんたが宥羽に気があるなんてね」
里菜がボソッと呟いて、宥羽の元に。
ていうか里菜はどっから出てきたんだよ……
ああ、でもそう、いつも誰かが傍にいて、その中で宥羽は笑ってる。
今の光景がまさに象徴かも。
望が小さく腰の辺りで手を動かしている。
昨日の場所に行けということなのだろう。
告白の機会を作ってくれるってことか。
門をくぐって。
敷地の角を曲がる。
風は無いけど、少し肌寒い。
人通りが少ない道。
街灯の灯りの下。
ジーッというなんか分からない音が響く中。
一人待つ。
何だろう。
不思議と緊張していない。
自分の一つの願い。
宥羽と一緒に、舞台で踊れたからかな。
好きを伝えるか――
伝えないか――
タンタンタン。
下駄が弾む音が聞こえてきて。
「岩崎くん……?」
かわいい声。
少し高くて。
鼻にかかった。
かわいすぎなんだよ――
全部。
そう思ったら笑ってた。
☆
岩崎くんは、ニコって笑う。
「ああ、飯坂、あのさ、おめでとう」
「うん、ありがとう。でも驚いた岩崎くんがあそこまで上手なのは意外だった。それに――変かもだけど美しかった、男の人なのに」
「そう?」
岩崎くんは頭を掻いている。
「あのさ、踊りどこで習ったの?」
「あ? いや、独学っていうか……」
「え? 自分一人で?」
「ああ、違くて動画見て、その、飯坂の……」
「私の?」
首を傾げる私に、岩崎くんは小さく息を吸った。
「初めてみた時にすっごい感動したんだ……しなやかで、美しくて、そして楽しそうで、心ごともってかれて」
「……」
「だから飯坂みたいに踊りたいって、そう思って練習して、飯坂と一緒に踊りたかった」
「……」
「中一の時、その飯坂の踊り見てから、毎年この3日間が楽しみで、飯坂の浴衣姿と踊りが見れるのが、飯坂の踊りを見てるとワクワクするっていうか、笑顔になるっていうか、うまく言えないけど……」
コンコン。
あっ。
私のこころを強く静かに確かにノックした。
「……ありがとう。岩崎くん」
「いや、ほんとのことだし……」
「すごく嬉しいかも。優勝したことと同じくらい」
「え?」
私は真っ直ぐ少しだけ背の高い岩崎くんを見上げる。
「ほんとだよ。岩崎くんが伝えてくれたこと全部、私のここにちゃんとあるから。そして――」
「なに?」
少し強張った顔の岩崎くん。
「頑張り屋さんだね」
私の言葉にゆっくり、顔をほころばせた。
「いや、飯坂のおかげだよ本当に、俺の方こそありがとうだな」
「お互い様だね」
「そうだな。あのさ、よかったら、記念に一緒に写真撮ってもいいかな?」
「うん。いいよ撮ろう……ん? 話ってなんなの?」
「ああ、お礼が言いたかったのと、その写真一緒に撮りたくて」
「なら、わざわざこんなとこで話さなくてもいいのに」
「あは、そうだな。なんかその……またさ、踊れるかな一緒に」
「うん。いいよ。じゃあさ、来週みんなでね、隣町の盆踊り行くから一緒に行こう」
「え? あ、うん行く」
岩崎くんは、少し俯いて、腕をさすりながら、上げた顔に微笑みが溢れていた。
「ねえねえ、これからみんなで、くーちゃんのお店でご飯食べるから、岩崎くんもおいでよ」
「え? いやでも」
「岩崎くんのお祝いもしよ、どうやって練習したのか、もっと聞いてみたい。あっ、それともなんか用事ある?」
「ないない、全然ない」
両手をバタバタと振る岩崎くん。
「じゃあ、行こ」
小さく手招きをして歩き始めると、岩崎くんは後をついてきた。
私が岩崎くんと皆のところに戻ると、望と里菜が私を挟んでくっついてきた。
「どうだった?」
私の顔の真ん前に二人は顔をくっつけてにやにやしている。
「何が? 岩崎くんも一緒にご飯食べるって」
「それだけ?」
私が首を捻ると。
二人は私の後ろにいる、岩崎くんをジーっと睨みつけている。
振り返ってみると。
頭を掻きながら苦笑いをしている岩崎くんがいて。
目が合うと。
掻く手が止まって、優しい笑顔が浮かぶ。
それを見て私もにこっと笑う。
「そうだ。私と岩崎くんの写真撮ってくれる?」
「はいはい」
望は溜め息をつきながら巾着からスマホを取り出した。
「ほら、岩崎並んで、宥羽の横」
「あ、ああ、はい」
すたすたと私の隣に来た岩崎くん。
チラッと見上げると。
目だけがこっちを見ていて。
視線がぶつかって、岩崎くんはブルルと体を震わせた。
「じゃあ、撮るよ」
「はーい」
私は胸の前でダブルピース。
「ハイポーズ」
カシャ。
☆
太鼓の音が鳴り止んだ境内。
提灯がぬるい風に揺れて、境内には関係者と余韻に浸る客が僅かに残るばかり。
数十年振りに見た盆踊り。
コンクールの優勝した女の子の踊りは一番目を引いた。
ほかの参加者も上手な人ばかりだった。
踊れてる時点で踊れない自分からしたらもう快挙なんだけど。
技術的なことは分からない。
けど、彼女の踊りには人を惹きつける何かがあるのだと思う。
表情なのか、佇まいなのか、仕草なのか。
そこに憧れを抱いたり、自分も踊りたい。
そうやって、継がれていくのかもしれない。
いや、小さい頃からあの夏の象徴たる音を耳して過ごしていたら、自ずと踊っているのかもしれない。
あの時見た人たちではないにせよ、こうしてこの場所に残っている盆踊りに最大級の敬意をこめて最敬礼する。
この空間に夏の夜が来るたびに響く太鼓や鐘、歌声や喧騒。
担い踊る人は変われど、幾久しく、人々の幸せや繋がりを保つ場所であってほしいものだ。
見上げた開けた空に浮かぶ三日月。
「踊り踊るなら、ちょいと、東京音頭~」
「宵、夏音の中で」最後までお付き合い下さりありがとうございました。
ふと、昔見た櫓で太鼓を叩く浴衣姿の女の子のことを思い出しました。
かっこいいな。
その時、純粋に感動していました。
それがきっかけで盆踊りを舞台に恋愛書いてみよう。
書いているうちに、盆踊りの空間って色んな人達が踊ってる。
いつもそうなのですが、主人公二人だけの安直な設定で書き始めて、色んな人達がわんさか出てきました笑
執筆中、たまたま見つけた動画で、昔住んでいた場所のものがあり、ずっと流しながら作業を進めていました。
懐かしいなぁと。
この作品も個人的に満足できるものになりました。
宥羽と暁斗のその後、気が向いたら書くかもしれません笑
重ねて最後までお付き合い下さった皆様に感謝申し上げます。
お読み頂きありがとうございます_(._.)_。
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*人物画像は作者がAIで作成したものです。無断転載しないでネ!




