恋風のとき ― 再会 ―
季節は、春へと向かっていた。
赤いレインコートを着るには少し暑くなってきたけれど、少女はそれを脱がずにいた。
それは、まだ手放せない“自分の灯り”のようなものだった。
ある午後、彼女はとある公園のベンチに腰をおろした。
イヤホンからは、またあの曲が流れている。
「君が吹かせた風に乗って
確かな一歩を踏み出すよ」
ふと、風が吹いた。
あの夜のように、優しく背中を押すような風。
そのとき、視界の隅に黒いフードが見えた。
記憶に染み込んでいる、あの夜の気配。
彼女は驚いて立ち上がる。
彼も、ゆっくりと歩みを止め、こちらに気づいた。
「……あ」
声が重なった。
数秒の沈黙。
でも、その沈黙は、ふたりの間に距離ではなく、あたたかさを運んでいた。
「ひさしぶり、だよね」
「うん。忘れられない夜だったから、すぐにわかった」
少年はフードを外し、照れくさそうに笑った。
彼もまた、あの夜から一歩ずつ進んでいたことが、その表情から伝わってきた。
「あなたがくれた風で、歩き出せたの」
「ぼくも、君の言葉があったから立ち上がれた」
ふたりは、公園の中を歩き出す。
今度は、傘もいらない。
風はやわらかくて、ただ心を揺らしていく。
赤いレインコートのすそが春の風に揺れ、
その隣を、黒いコートを脱いだ彼が歩く。
空は晴れていて、木々の間から光がこぼれていた。
「ねぇ、今度は風じゃなくて、歌で届けたい」
「じゃあ、僕はその歌を、誰かの背中にそっと吹かせる風になるよ」
風が通り過ぎる。
けれど、今度はふたりで同じ方向に。
その背中には、もう確かなリズムがあった。