レオン=フォン=アレイグランツ
香澄達 異世界の勇者が召喚される17年前、アレイグランツ公爵家に一人の男の子が生まれた。
その名をレオン=フォン=アレイグランツ。彼は、地球という惑星における日本という国で生きていた高校生であったが、ひょんなことから異世界に転生し、アレイグランツ家の長男として生を授かった。
奏斗
気づけば、俺は“生まれて”いた。
強烈な眩しさと、身体を覆う湿った膜の感覚。すぐさま襲いかかる冷気に、肺が勝手に悲鳴を上げる――泣き声が、響いた。
「おぎゃあ……っ、うぎゃあああっ……!!」
……泣いてるのは、俺か。そう、間違いない。
何故だか分からないが、俺の“意思”とは関係なく、身体が勝手に叫んでいた。
(……なんだ、これ……動かねぇ。手が、短い……?)
視界はぼやけていて、よく見えない。ただ、柔らかく暖かい何かに包まれていく感覚と、誰かの手が俺の体を拭いているのがわかった。ああ、これは――出産直後、か。
「お産は無事です! おめでとうございます、アレイグランツ公爵家待望の男子です!」
アレイグランツ公爵家……?
中世ヨーロッパやゲームでしか聞いたことがない単語だぞ、、、。いやそれよりも段々と眠くなってきた、、、
この世界に転生してから数週間が経った。俺はどうやら異世界に転生したらしい。それに、貴族で公爵家という貴族における最高位に転生することができた。
転生もしかは、転移のテンプレの神様との邂逅がないのは謎だが、自由に生きろということだろうか、
しかし――異世界転生、か。
(マジかよ……地球で死んで、赤子として異世界に生まれたってのか?)
(俺は召喚されたのか、、、?)
混乱してるはずなのに、妙に冷静だった。自分の名を、思い出す。
――神代奏斗。
……いや、もう違う。今の俺は、
「レオン=フォン=アレイグランツ様です。……ああ、なんとご立派な産声でしょう」
使用人たちが恭しく口にする名。それが、俺の“新しい人生”というわけか。
時間の感覚は曖昧だったが、すぐに俺は“乳児”としての扱いに慣れてきた。
授乳。おむつ。お風呂。寝かしつけ。
どれも恥ずかしいと言えば恥ずかしいが、正直に言おう。
(悪くない。てか、だいぶ役得じゃねぇか、これ)
なにせ世話を焼いてくれるのは――
「……坊ちゃま、はい、お着替えですよ」
淡い銀髪をリボンで留め、無表情な顔のまま、俺の服を優しく整える少女――
名を、セリーヌ=フォン=ロズベルグという。
伯爵家の次女。まだ七歳。
だが、あの落ち着きと所作は、もはや“貴族のメイド”というよりも“完璧な姉”。
しかも、俺にだけやたら甘い。
「おしめ、失礼します……ふふ、今日も良い子ですね」
(あーはいはい、どうぞどうぞ。もう慣れたわ)
最初は羞恥心で死にそうだった。けれど、毎日このセリーヌが世話してくれるなら、そりゃあ慣れもするってもんだ。彼女は、伯爵家の第三女(セリーヌの妹)と俺が同時期に生まれたこともあり、既に育児の手慣れたベテランとして、乳母と共に俺の世話役に任命されたらしい。
――セリーヌ視点
「坊ちゃまは……かわいすぎる」
ぽそりと呟いて、セリーヌはおしめを替えながら、微かに目元を緩めた。
クールな顔立ちと違い、心はほとんど“母性”の塊である。
(妹たちも可愛かったけど……この子は、もっと……特別な感じ)
赤ちゃんのレオンは、目を細めるとセリーヌの指を小さく握ってきた。
その様子に、思わず頬が熱くなる。
「……もう、反則ですよ……坊ちゃま」
お風呂では、先輩メイドのシルヴィアに教わりながらも、手際よく髪を洗い、湯をかけ、身体を包む。
まだ自分は子供なのに――それでも“この子のために”と思えば、不思議と何も苦にならない。
彼女の中では、既にレオンは「護るべき存在」であり、「大切な誰か」になっていた。
――レオン視点
俺は生後数ヶ月で、すでにこの世界の「空気」に慣れていた。
そして、ふと考え始める。
(……この世界の成り立ちを知りたい)
前世の知識が通用するとは限らない。魔法があるのか、モンスターがいるのか、国同士の関係はどうなっているのか。
「……なぁ、セリーヌ。お前、本くらい読めるよな?」
言葉にはならない。ただ、指をピクピクと動かして本棚の方を指す。
セリーヌが一瞬、目を丸くした。
「……坊ちゃま、もしかして、本を……?」
「うー、うー!」
「……ふふっ、わかりました。じゃあ今度、図書室へ行ってみましょうか?」
俺は思わずガッツポーズ(のつもりで小さな手を握り)を取った。
「公爵家の図書室は、夫人もしくは旦那様の許可が必要なので明日行きましょう」
(どうやら、まだ図書館には行けないらしい。)