第二話 1年後
一旦香澄side
校舎の窓に映る空は、どこまでも白く濁っていた。
吐く息は白く、指先は冷え、廊下にはまだ冬には早い冷気が漂っている。
一ノ瀬香澄は、視線を落としながら歩いていた。
今日は風が強い。前髪が揺れ、音もなく肩に落ちていく。鞄は軽い。だが、身体が妙に重い。
彼が、いなくなってから――もうすぐ、1年になる。奏斗が忽然と姿を消して以降、香澄に告白する者は後を絶たなかった。しかし、彼女はその全てを断っていた。
香澄はゆっくりと階段を下りながら、踊り場でふと立ち止まる。
ガラス越しの外を見た。淡く曇った空に、陽光の気配はなかった。
――あれは、まるで消えるように、だった。
神代奏斗。誰よりも存在感があって、誰よりも不遜で、誰よりも優しかった彼。
彼が忽然と姿を消したのは、ちょうど一年前の放課後。サッカー部の帰り道、香澄と校門を出て別れて歩いた、学校付近の坂道だったという。
事故の痕跡はなかった。
防犯カメラにも記録はなかった。
警察も、学校も、両親も、友人も――結局、誰も何もわからなかった。視線を外へ向けると、淡い陽光が差していた。
季節の境目。春でもない、冬でもない、まるでどこかの世界へつながっているような曖昧な空。
彼がもし――どこか別の場所にいるのなら。
それが、現実ではなくても。
香澄は、心のどこかで願っていた。
(どこにいるの……奏斗)
(ねえ――あの日、あなたは何を見たの?)
(私は、あなたのことを……今でも、忘れてないよ)
トロンボーンを抱えたまま、香澄は誰にも聞こえないように小さく呟いた。
音楽室の窓から見える空は、今日も果てしなく遠く、冷たかった。
彼女は足早に終礼のクラスへと戻る。
いつも通りの終礼。
担任が冗談を言いながら日直に業務を任せ、
「明日提出な、忘れるなよー!」と言い、クラスから退出する。そして、教室は少しずつ騒がしさを取り戻す。
「はいはーい……ってか、香澄、帰んないの?」と香澄の女友達が言う。
「うん、帰るよ。ボーッとしてただけ」
香澄は鞄を手に持ち、立ち上がった。
いつも通りの放課後。何も変わらないはずだった。
その瞬間だった。
バチバチッ……ッ!
空気が弾けるような音が、教室の天井から鳴り響いた。
「……えっ?」
「今の、なに……電球、じゃないよな?」
突如、床に巨大な円形の紋様が現れる。光っている。青と金が混じり合うような、異様な輝き。
「な、なにこれ!?ふざけてるの!?CG!?」
「触るなっ、待って、光が……う、うわああッ!」
ドンッ!
突風のような魔力が室内を貫いた。
机が浮き、紙が舞い、悲鳴と叫びが交錯する。
「キャアッ!」
「やばいっ……なにこれ、なにこれ!!?」
目も開けられない光量。立っていられない重力の乱れ。
耳鳴り、震え、恐怖――次の瞬間、全てが反転した。
香澄は、鞄を落とした。
目の前が、白に包まれる。
(奏斗……)
最後に思い出したのは、彼の声だった。
あの笑い声。あの不遜で、優しい瞳。
(……また、会えるのかな)
その願いが叶うかどうかを知る前に、世界は闇と光の中で砕けた。
──教室は、もぬけの殻となった。
その日ある高校にて、三十名の生徒が、一瞬で消え失せた。ニュースでも1年前に姿を消した同じクラスの少年との関連性も含め、頻繁に報道されたものの、いつしか人々は彼らのことを忘れてしまうのであった。
見ている方がいましたら修正点とかアドバイスあったらコメントください。