第8話 破壊
「マジ、お前ら! 許さねーからなッ!」
白い着物の姿のアレは激高していた。だけど僕はそれよりも背中の少女の事を優先して気にした。
「このままおんぶでいいのか?」
「この世界の人間よ。したいと言ったのはお前で、わらは最初から……ええーい、降ろせ!」
僕は言われるままに少女を降すと、それとほぼ同時に白い着物姿のアレが雄叫びを上げながらその姿を変化させていった。頭には氷で成形した兜を纏い、身体には同質の鎧を、腕には籠手を、手にはグローブを、脛には脛当てを、と、瞬時に次々と身につけて強固に肥大していった。
そして、すかさず突進。ズシンッ! ズシンッ! とそれだけで激しく揺れる地面に僕は当然に恐怖を覚えたのだけど、けれどそれ以上に速度は拍子抜けする程に割とゆっくり目だったので余裕もあった。
「どうする?」
僕は少女に問いた。するとまた「んっ、んっ」と、たぶん手を繋げと催促してきたので、それに従うと、少女は満足そうに例の高笑いをし、それからこう言ってきた。
「ふはははは。この世界の人間よ。デコピンでもしてやれ」
デコピン。
僕は取り敢えず「それならたぶん得意だ」と答えた。のだけど、残念ながら対象物のおでこの位置が兜で隠れていて確認できず、しかも速度は遅くても突進してきているわけだから見定める力量が僕にある筈もなく、けれどそれでも少女が「大丈夫だ。取り敢えずやれ!」と命令してきたので、取り敢えず何処でもいいからと、的の大きな上半身にデコピンを当ててみた。
すると、
ベギッ! メキメキミシミシッ! バギンッッ!!
まさかまさかの痛烈に響く衝撃音と瞬時に走る亀裂音──からの破壊音。僕のデコピンの、そのたったの一撃で氷の鎧粉砕。中身が露わとなった白い着物姿のアレは悲痛の叫び声を上げながら力なく倒れていった。
「……凄い威力だな」
「ふははは。当たり前だろこの世界の人間よ。わらは北の大陸の覇者だぞ。このくらいの力量の差は当たり前だろう。ふはははははは!」
ご満悦の少女。
「──ところで何をしているこの世界の人間よ? 早くコイツに止めをさせ。早く殺すのだ」
殺す。笑みを浮かべたまま少女は自然な口調でそう言ってきた。だけど、それが馴染みのある言葉ではなかったので僕はでやはり戸惑った。
いくら異世界からの侵略者(正確には逃げてきた)とはいえ……殺人は……。
「……他に方法はないのか? 殺さずに、倒す……みたいな」
「ふははは。この世界の人間よ、面白い冗談だな。あるかも知れんが、わらは知らんぞ。それより早く殺さないとコイツがまた自らの手でこの結界を解いてしまうぞ」
「……コイツが自ら結界を解くとどうなるんだ?」
「前回のように逃げられるだろうな。結界が解かれると結界の前まで時間が戻るから、その時にコイツがどの位置に居たか分からんから、探すのは難しいぞ」
「殺すしかないのか……」
「だからそう言っているだろ。特にコイツはわらの作った上位物だから頭が割と良いからな。逃げられる面倒だぞ」
上位……物。
──その言葉を聞いた瞬に間僕は思い出したし、そして閃いた。
「そういえば、コイツは生命体じゃないんだったよな?」
「違うな。わらが作った意思を持った自動物だ。動力源はわらの不力だ。生命体じゃない」
「……だったら、だったら壊すでいいよな? 殺すじゃなくて、壊すだ」
「な、何を言っているんだ? お前が何を言っているのかまるで分からんぞ。殺すも壊すも同じだろ? コレの存在を無くすのだから」
「全然違う。少なくとも僕の中では。でも壊すなら出来る」
僕はそう言うと、それでも後ろめたさはあったけれど、それでもなんとか、少女から供給されているであろう圧倒的な力をもって、白い着物姿のアレを破壊した。
「ま、マジでか……」
「ああーー!! わらの上位物がーー!!」
と、咄嗟に少女が悔しそうに声を張り上げたのには僕も驚いた。
「えっ? こ、壊さない方が良かったのか……?」
「……いや、気にするな。壊していい。壊すべきだ。わらの意思でもある。ただ、それでもなんか叫びたくなっただけだ。わらが恐らくそれなりに苦労して作ったものだからな。だから気にするな。心情が抑えられなかっただけだ」
そう言われると、僕は何か悪い事をした気持ちになった。けれど壊さなければならなかったので、その気持ちには気づかないふりをした。
「ああー、くそう!」
「……」