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第7話 そして目覚める

 

 グシャッ。ゴギッ。


 はっきりと顔が潰れる音が聞こえ、続いて首の骨が折れる鈍い音も耳に響いた。


 大きさ2メートル級の密度の高い氷の塊。


 ドクンッ。僕は力無く倒れると氷の床に顎を打って思わず悶絶した。


 痛い。


「──えっ?」


 僕の顔面は潰れ、首の骨は折れたはず。なのに顎が痛い。そんな些細な痛みを確かに感じる。ドクンッ──おそるおそる手のひらで触れてみるとそこには当たり前の感触が存在していたから驚いた。顔がある。皮膚や骨や目鼻耳口が原型を留めている。首の骨も折れていない。今は顎だけが痛い。


 ドクンッ──立ち上がる。


 ドクンッ──どうやら僕は“この程度”では死なないようだ。


 未だに背中で眠っている少女から預かった命のおかげなのだろう……これが良い事なのか悪い事なのかは分からないけれど、とにかく今はこれで白沢を救う事ができる。


「うおおぉぉおおおーー!!」


 僕は駆けた。上白の元に一直線に。


「上白ぉぉぉおおーー!」


 手を伸ばす──が、ピシリ。上白に届く寸前の所で僕の両足が凍り付いた。


「マジ、それくらい予想してたって。あんなただの氷の塊くらいじゃ死ななそうだもの──これが本命。だいぶ時間と力を込めて作ったから、ちょっとやそっとじゃその足元の氷は溶けないから、マジで」


 そういえばこの白い着物姿のアレは上白に向けて輝かせていた手のひらを今は僕の靴裏が踏んでいる地面に向けていた。更にそこにもう片方の手のひらも添えて。だからこそ強力な氷となっているのかは分からないけれど、確かにこの塊は拳を打ち付けてもびくともしなかった。しかもこの氷、徐々に上半身へと侵攻してくる模様。


 もう一歩、あとちょっとで指先が上白を覆っている氷に触れる事ができるのに。


 畜生。と奥歯を噛み締めていると、その時──不意に笑い声が聞こえてきた。


「──あら……深春くんでもそんな顔をするんだ? 貴重ね。ふふふ」


 上白まなぎ。まだ寝起きのように言葉ははっきりとしていないけれど、それでも瞳をしっかりと開け、無理やりに笑顔を作ってみせてくる。


「……何があって、どうしてこうなっているのか全くもって分からないんだけど……深春くん、私一つだけ言いたい事があるわ」


「……なんだ?」


「私の着ているこの部屋着なんだけど、これは女子同士のお泊まり会とかで着るのよりも、まだまだ格下のやつなの。家族にしか見せない油断しまくってるやつなの。だからね、たぶん得体の知れない何らかしらの染みも付いてると思うの。不本意ながらも。だから私のこの氷が溶けてもあんまりジロジロ見ないでね」


「なんだよ、そんな事。気にするなよ、染みくらい」


「分かってないな深春くんは。大事なんだよ女子にとってそれは、とっても」


「そうか。じゃあ気をつけるよ」


「うん、よろしく。では──」


 そう言うと上白は顔と同様にまだ氷に覆われてはいない右の手首から先を、拳をギュっと握りしめてから強引に前へ後ろへ上へ下へと動かした。


「えっ? では……って何だ?」


「ちょっと待っててね深春くん」


 そこは動かしてはいけない箇所だろう。だって手首を動かす度に彼女の皮膚は硬い氷にぶつかり、擦れ、刺さり、真っ赤な滴がポタリポタリと落ちていくのだから。


「か、上白、もういい。止めてくれ!」


「ふふふ。どうやってかは全くもって分からないんだけど、私が目を覚ましたら深春くんが目の前に居た。しかも必死な顔をして。たぶん私を助けてくれようとしてる。だったら次は私が頑張る番でしょ?」


「で、でも──」


 白沢の血が溢れるように流れ始めて、その熱が少しだけ氷を溶かして、故に手首の可動率が上がっていき、彼女の指先が数ミリだけ近づいてきた。僕はまだ自由になっている右手をそこに向けて目一杯に伸ばした。


 そして。


「上白!」


「深春くん!」


 上白の中指と僕の中指が──触れ合った。


 ドクンッ。


 刹那──僕の臍の位置まで進行していた氷がバラバラと音を立てて崩れ落ちていった。


「この世界の人間よ」


 背中から聞こえる待ち侘びた声。


「──心臓の音がうるさいぞ。目が覚めてしまったではないか。どうしてくれる?」


「取り敢えず、力を貸してくれ」


 僕はそう言うと返事を待たずに上白の身体を覆っている氷にもう片方の手のひらで触れた。


「ふん、仕方ない」


 少女が言うと同時に僕の手のひらが輝き、白沢を覆っていた氷に瞬く間に亀裂が走り、やがてバラバラと音を立てて崩れていった。


「か、上白!?」


 力なく前のめりに倒れて行く上白を僕は抱きしめた。


「──大丈夫か?」


「……ふふふ。人間の温もり……それでもまだちょっと寒いけど……うん、でも、たぶん大丈夫だと思う。今日の家に帰るまでの外の寒さと同じくらいだから」


「素足だったもんな」


「……うん。正直あの無謀な行為の方が寒かったかも。でもね、それよりも──」


「ん? なんだ?」


「今が全くもって何がなんだか分からないけど……それよりも私は急に眠くなってきてしまったの。だからきっとすぐに眠ってしまって……もう考える力も残ってないけど、一つだけ──その間に部屋着はジロジロ見ないでね……約束よ」


 そう言って白沢は堪えきれずに目蓋を閉じて寝息をたてた。


 僕は「約束は守るよ」と呟くと、コートを脱いで上白が気にしている部分を隠すように覆った。


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