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第4話 ドカッ!

 


 ドクンッ。


 随分とすっきりとした感じがした。安眠後の快適な朝のように。今日の朝ごはんはさぞ美味しいだろうと胸と腹を高鳴らせれていると、目の前で少女が腕を組み膝を組みとまるで椅子かソファーに座っているような格好で宙に浮かんでいたので、僕は途端にやるせなくなった。


「どうした? この世界の人間よ。わらの力の根源となる命を与えたのだ。もっと喜んでよいのだぞ──ははーん。そうか、喜び過ぎての放心状態というやつか、ふは。カワイイ奴よ」


 腰まである長く薄いベビーピンク色の髪と、パステルイエローカラーのワンピース姿の少女。ぴょんっと何から飛び跳ねるような仕草をすると、髪とワンピースの裾をふわりと揺らしながら僕の足裏が地面とする場所まで下りてきた。


 身長は130センチくらいだろうか、でも見上げてくる顔には妙に勝ち誇ったような笑みがあり、相変わらず腕を組んでいる様から彼女の気高さがありありと伝わってきた。


「──ふははははは。この世界の人間よ。よくやった、わらの遡りがおさまったぞ。褒めてやる。いや、漠然とだったがこの方法を解決だと判断したわらがやはり偉いんだろうな。褒めていいぞ。ふははははは」


 そういえばOL風の姿をした女が最後に言っていたっけ。一番危険な姿、と。


「──さて、先ずはお前の住む世界を滅ぼすとするか。運がいいなお前。取り敢えずお前をわらの右腕的な立ち位置にしてやる。良かったな。ふはははは。っで、この世界の王はどこにいる?」


 少女の顔はまるで天使と見間違うかのように笑顔がよく似合っていて愛くるしくて可愛らしい。なのに、

 本当になんて残念な性格なのだろうか。


「──ほーら、どうしたこの世界の人間よ。早く教えるがいい。それとも教えられない秘密でも……はっ!? ま、まさか、お前は既にこの世界の王の下僕なのか?」


 僕は何も言っていない。少女が一人で発言と表情をくるくると回している。


「──ふはははは。そうか、そういう事か、この世界の人間よ。ならば、まずはお前を拷問だ。これからわらはお前の腕を切り落とす。早く気が変わる事を願っているぞ──」


 僕はその辺りで少女のおでこに少しだけ強めのデコピンをしてやった。


 すると──驚いた。高校球児が看板に全力で白球をぶつけたような衝撃音と共に少女が真後ろにぶっ飛んでいってしまったのだから。


 僕は決してそんなに強くはやっていない。子供相手にやる筈がない。仮にやったとしても人は簡単に飛んでいったりはしない。僕は何事が起きたのかすぐには判断が出来ないほどに気が動転としたが、数秒後に少女が立ち上がってくれたので取り敢えずは安心をした。


 少女はおでこ押さえながら涙目で僕を見つめてきた。そして何かにはっと気がつくと、わなわなと震えながらこう言った。


「──ま、まさか、逆の7対3……だと」


 逆の7対3?


「──……な、何を考えているのだ? わらの一つ進化したわらよ! 預ける命の比率が逆ではないか! これではこの世界の王の前に、わらがこの人間に勝てないではないか!!」


 僕は依然として何がなんだか分からなかったのだけど、取り敢えず彼女が正直者でとても良かったと思った。何故なら彼女の独り言を聞いていただけで僕の現状がなんとなく理解できるのだから。様々な疑問点はどうであれ、どうやら僕はこの残念な性格の少女よりも強いらしい事が判明したのだから。


 だったら、


「こちらの願いを叶えて欲しいのだけど」


 僕はそう言った。右手でデコピンの素振りを繰り返しながら。


「……ふ、ふははは。こ、この世界の人間よ……あ、安心するがいい……わ、わらは最初からそうするつもりだぞ。お前の願いから叶えてやる。当然だろう。約束だからな。ふ……ふは、ふはははは……」


 相変わらず気高い少女。瞳に溜まっている涙はもう見ないようにしてあげた。


「──って事で……先ずはここから出るか。この世界の人間よ。よく見ているがいい、わらの力を!」


 少女は再び語勢を強めると、それとほぼ同時に右手に輝きを灯してそのまま強く発光させた。そしてそれを胸の前で素早く左から右へと動かすと──……いや、何事も起きなかった。だからもう一度同じ行動をした……けれども、それでもやはり何事も起きなかった。


「──ふはっ……」


 少女は発光している右手を見つめながら困惑の表情を浮かべて、それからおもむろに僕に近寄ってくると「んっ」と左手を差し伸べてきた。


「ん? えっ? 何だ? あっ、まさか、て、手を繋ごうって事か?」


 僕がそう尋ねると少女は何故か返答をしなかった。おまけにぷいっとそっぽまで向く始末。じゃあ何この状況? と僕が困惑をしていると、少女はそれでも左手を出して僕に「んっ、んっ」とせがんではくるので、僕は是非は分からなかったのだけど取り敢えず少女の指の先を掴んでみた。


 すると、


 ドクンッ。途端に右手から少女の心臓の音が流れてきた。ドクンッ。そしてそれが僕の心臓──いや、おそらく少女から預かった方の命へと流れていく……いや、端的に繋がっていくのが分かった。


 ドクンッ。ドクンッ。ドクンッ。


 ──途端に身体中が燃えるように熱くなってきた。そしてそれはどうも少女の身にも起きているようで、

「ふははははッッ! 漲る、漲るわ!! この世界の人間よ。見るがいいわらの真の力を!」と、素直に正直にテンションを上げると、また右手を発光させてそれを胸の前で素早く左から右へと動かした。


 刹那──何も無かった空間が実はガラスの室内であったかのように、全体に亀裂が走り、一呼吸の後でバラバラと崩れ落ちていった。



 ◇◇◇



 ──夜。地面には雪。目の前では仰向けに倒れている上白まなぎと、その身体の上に覆い被さっている白い着物姿の人間の形をした何か。この光景はデジャブ……ではなく、デジャブのその後──いや、今はそんな事はどうでもいい。


「か、上白ーー!」


 僕は途端に駆け出した。が、足の裏が三歩も雪を踏み潰すと襲ってくる強烈な寒気にすぐに身動きがとれなくなってしまった。


「この世界の人間よ、お前、“あれ”の居る“この中”で簡単にわらから離れるな。死ぬぞ」


 そう言いながら後ろからやってきた少女が僕の右手を再び掴む。ドクンッ。ドクンッ。その瞬間、身体中に纏わりついていた凍えるような寒気が一瞬にして消え去った。


 くん。


「──ほう、この世界の人間よ。お前が救いたいのはあの嫌な匂いのする女か?」


「そ、そうだ。彼女を助けたい。出来る……えっ、い、嫌な匂い?」


 少女の言うそれが何の匂いなのかは僕には全く分からなかったのだけど、それは少女の特有の感覚なのかも知れないと思い、まあ、今はそれはどうでもいいので取り敢えず聞き流しておいた。


「ふははははは。出来るか? だと、簡単に決まっているだろう。少々めんどうなのが居るが、まあ、見ていろ」


 相変わらずの強気な口調で少女はそう言うと、右手をまた発光させてから、その手の平を地面に向けて打った。「はーるよ、来い」などと間抜けな掛け声をあげながら。


 すると、


 地面の雪が溶けた──いや、消えた。


 景色が、夜から朝に変わった。


 地面から草が伸び、つくしが顔を出した。


 コートを着ているのに抵抗を感じるくらいに僕の体温が上昇していく。


 急に夜と冬が終わった。


「錯覚……?」


 ──いや、


「ふははは。この世界の人間よ。“書き換えて”やったぞ。あれがここら一帯に作った結界の中身を、わらがいとも簡単に書き換えてやったぞ。ふははは」


 きっと少女は自慢気にそう声を上げて高笑いをしている。どうだ、わらは凄いだろ、と。だけど、凄いとは思うのだけど、発言が未知の領域すぎて僕にはすぐに返答する事が出来なかった。


「えっ、マジで?」


 と言ったのは、上白の腹の上に覆い被さっている白い着物姿の何かで、僕は喋れるんだコイッ、と先ずは驚いた。それからすぐに「ぎゃー! 暑い、暑い、熱い、熱い!!」ともがき始めたので、なんかいい気味だと思った。


「──ヤバッ! ヤバババッ! 死ぬ、死ぬわ、死ぬわコレ!! ま、マジ、マジで」


 当然だけど、かわいそうだとは微塵も思わなかった。だから、そんなに暑さに弱いのならと、僕は羽織っていたコートを脱ぐと、そのほかほかの温もりが消えない内に白い着物姿の何かの頭にぽふっと乗せてやった。


「──お、鬼か!! ま、マジ死ぬ……」


 まだ言葉を発する余裕のあるなかなかしぶとい白い着物姿の何か。更に必死に気力を振り絞って人差し指を立てて、そこに先程に見た少女の手のひらのような特有の輝きを灯したりするからやるせなかった。


「まずいな。この世界の人間よ、結界が崩壊するぞ」


 少女は途端にそう言った。


「──1つだけ忠告しておくぞこの世界の人間よ。結界の崩壊後はお前たちの時間は結界に入る前に戻るから、いちいち驚くなよ。面倒くさいから」


 なんとも投げやりな言い方だなと思いながらも、途端に白い着物姿の何かの発光していた指がくいっと折り曲がった。


 その瞬間──数分前に見た現象が再び目の前で起こった。全面がガラス張りだったかのような亀裂からの、バラバラバラと。


 そして、


 ─────────────────────ドカっ。


 と、太腿を蹴られて僕は思わず悶絶をした。


「よし、ちょっと温まった! さ、今のうちに素早く帰りましょ」


 上白まなぎ──の蹴り。と元気な声と、元気な笑顔。いつもの表情と、いつもの姿。


 僕は瞬時にはこの状況が理解できなかったのだけど、脱いだはずのコートをいつの間にか着ており、右手で繋がっていた筈の少女の姿はなくなっており、何よりも極寒のようだったあの寒気が今はただのマイナス7度として暖かくなっている事から、これは少女の発言通りに時間が遡ったのだと何とか頑張って理解をした。


 上白が目の前に居る。無事だ。いや、いつも通りだ。それがとても懐かしくて嬉しくて、僕は思わず涙が溢れそうになった。


「──……ご、ごめん深春くん。そんなに痛かった?」


「い、いや嬉しくて、つい」


「あ、ああ……深春くんってそっちの人だったんだ。ドM的な……じゃ、じゃあもう一回蹴っておいた方がいい?」


「やめてくれ」


「じょ、冗談よ。それより帰りましょ深春くん。冬の夜に素足は冗談抜きで辛すぎるわ」


 そう言って白沢はやはり元気に笑い、彼女には相変わらず笑顔がよく似合うなと僕も釣られるように笑った。


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