第9話 そういえば気になった事
例のごとく景色に亀裂が走り、バラバラと崩れ落ちていくという特有の結界が崩壊されるという現象が終わると、僕と少女は上白の家の前に居た。当然のごとく上白の家を包んでいたシャボン玉のような物は無くなっており、上白がどうなったのかも分からなかったのだけど、少女に「たぶん大丈夫だ」と言われ、僕はたぶんの部分に引っかかったのだけど、今は夜で、しかも異性である僕が上白の両親が居るであろう玄関のドアをノックするわけにもいかず、本当に、たぶん、が気にいらなかったけれど、それでも渋々と納得して自宅に帰る事にした。もちろん、少女をおんぶして。
「どうだ、暖かいか?」
さっきはコートを羽織った瞬間に眠ったから、僕は今回もすぐに眠ったかと思って敢えて質問をした。
「ふははははは。暖かいぞ。なんというか心地よい暖かさだ。北海道の言葉でぬくいというやつだな。ふはははははは」
驚いた。どうやら帰りは起きているようだ。しかも方言まで僕の命の記憶から得たようだった。
命からの記憶……。そういえば、いや、忘れていた訳ではないのだけど、どちらかと言えば気付かないふりをしていたのだけど、僕の身体の中にはこの少女の命があるんだよな……居住権的な役割をもった命が……。
──だから僕は思い切って聞いてみた。
「お前から預かっている命なんだけど……あれって返す事がてきたりするのか? もしできるなら返したいんだけど…….」
僕は申し訳ないと思いながらも聞いてみた。助けてもらってなんなのだけど、正直、僕は明日から普通の高校生に戻りたかったので本当に思い切って。
すると、
「えっ? はっ? えっ、えっ、お、お前、な、何を、何を言って、言っているんだ? ほ、本気で言っているの? お、お前、正気なのか?」
と、少女は物凄く狼狽え、僕も途端に物凄く心が痛くなった。
けれど、
「……い、いや正気ではあるんだけど……い、いや、本気でもあるんだけど……なんていうか、僕も明日から普通の高校生に戻りたいな……とか何とかと思ったりしてな……その気持ちの方が勝ったっていうかな……へへ」
──僕はそう言っていた。おまけに気持ち悪く愛想笑いもしていた。
すると、少女は黙った。僕は怒らせてしまったかなと少しだけ後悔をしていると、やや暫く後にこう言ってきた。
「怒りたい…….と思ったんだが、ふと、わらも気付いてな。そもそも知らんぞ、と。お前に預けた命の返して貰い方をわらは知らんのぞとな。いや、それよりもわらに命を返したら、そもそもお前も死ぬんじゃないのか?」
「えっ? そ、そうなのか?」
「だってお前、死にかけていたじゃないか? わらの上位物の攻撃によって」
そういえば、少女に初めて会った時にそう言われていたっけ……。
「……続きが始まるのか? 死にかけのその続きが?」
「分からん。わらの劣化もどうなるか分からん。前にも言ったが、今はわらにも知らん事態だからな。何が起こるか分からん」
僕の知る限り、少女はたぶん嘘をつかない。だから今の話は全てが本当の事なのだ。
なので、
「そ、そうか……じゃあ、今の話はなしにしてくれ。僕もそこまで本気で言ったわけじゃないんだ。ただ、明日から普通の高校生に戻りたいって心底に思ったから聞いてみただけなんだ。僕もそうだが、お前が死ぬのも嫌だしな……」
──とすぐに手のひらを返した。
「この世界の人間よ? お前そんなのでわらがすぐに許すと思うか? お前は、お前とあの女を助けたわらを用が済んだらすぐに無情にも切り捨てようとしたんだぞ!」
「……しゅ、シュークリームでどうだ?」
僕は苦し紛れにそう言った。
「なに? シュークリームだと? お、お前そんな事でわらが……シュ、シュークリームごときで……あの外側がサクッとしていて中がふわっとしていて、そこから溢れてくるトロトロの液体のやつなんて極みのやつごときでわらが!」
どうやら思いのほか効き目があるようだった。だから僕はそのまま追い打ちをかけてやろうとした……のだけど、ふとこの少女の先程の発言が気になった。
「…….助けた……。いや、うん、確かにお前には助けて貰ったんだよな。それは間違いないな。だけど、ふと思ったんだが……そもそも僕と上白はお前に巻き込まれたんじゃないのか? あの上位物だったか? アレってお前の作った物だよな?」
そう、今までは色々な事が矢継ぎ早に起こって気付く暇がなかったのだが、冷静によく考えてみると僕と上白はこの少女の被害者であった。
それに対して少女は、あっ! みたいな表情をすると、それからすぐに「……じゃあ、イーブンだ。お前もわらに酷い事を言ったからこれで相殺だ。そもそもわらだってあの上位物がこっちの世界に来るとは予想していなかったんだ。被害者といえばわらってそうだ。仕方なかなかったんだ。わらも生きる為に必死だったんだ。だからお前、自分たちだけが被害者とかって酷い事を言うな」と、正直者らしく、そして少女らしく強気に非を認めた。
「…….でも、まあ、シュークリームは買ってやる……。好きなんだろ?」
僕はなんとなく少女が可哀想だったので同情のつもりでそう言った。
「ん? ふははははははは!! いいのか! ふははははは! なんかよく分からんが結果オーライになったな。ふははははははは!!」
少女の方こそ単純なまでに現金だった。
◇◇◇
「ところで、シュークリームの礼って訳でもないんだが、一つだけ教えてやる」
少女は声のトーンを一つ下げてからそう言った。
「──わらがあの女から嫌な匂いがするって言ったのを覚えているか?」
「……ああ……上白を最初に見た時だろ? 衝撃的な言葉だったから覚えているぞ」
「あの匂いはな、具体的に言うとだな、わらの世界を滅ぼしにきたお前の世界の人間と似た……いや、違うな。ソイツに限りなく近い匂いなんだ。さっきも近くで嗅いだから間違いないぞ。だから嫌な匂いなんだ」
「……ん? えっ? ど、どういう事だ? 言っている意味がまるで分からないぞ? まさか上白がお前の世界を滅ぼそうとした──」
「それは違う。わらはわらの世界を滅ぼそうとした者と直接会っているからな。そもそも奴は男だったしな」
「な、なんだ? じゃあどういう事だ? 何が言いたいんだ? それって単純にお前が僕の世界の人間に対して等しく嫌な匂いがするだけなんじゃないのか?」
「それも違う。わらはお前から嫌な匂いはしないし、お前の家族からも、それに今日すれ違った誰からも嫌な匂いはしなかった。あの女だけ特別なんだ」
「特別…….お前の世界を滅ぼそうとした誰かと上白が…….?」
「そういう事だな。それでな、そう考えると、だからあの女はわらの作った上位物に狙われたのではないかともなってくるんだ」
「狙われ……? えっ?」
「いちいち狼狽えるるな。話が進まん」
「う、狼狽えるに決まっているだろ! 何を言っているんだ? 何を言っているんだお前は?」
「……あくまでも、あくまでもこれは憶測だが、それこそお前が言っていた復讐ってやつだ。あの上位物がこの世界にやってきて、状況が飲み込めずに戸惑っていると、自分の世界を滅ぼそうとした奴と同じ匂いのするあの女を見つけて、だから取り敢えず復讐しようとしたんじゃないのか?」
「ふ、復讐って……で、でもお前は上白があの上位物に狙われたのはたまたまだって言っていたじゃないか!」
「そうだな、確かに言ったな。でも、多分だとも言ったぞ。なにせわらも今の事態を知らんからな、確かな事が言えんからな。ただな、今はわらはそんな水掛け論をお前としたい訳じゃないんだ……」
少女はそう言うとまたトーンを一つ下げた。
「──全てが多分や憶測で話ずらいのだが……仮にな、仮にだぞ、この世界にわらと同じようにわらの世界の人間やら意思を持った自動物がこれからもやって来たとして、いや、もしくは既にやって来ているのかも知れんが、とにかくこの世界にわらの世界から来た者たちがわらの他にも存在すると仮定して、だったらわらの世界の人間たちは、わらの世界を滅ぼそうとした者と同じ匂いのするあの女を狙うんじゃないのか? 復讐の対象として」
復讐の対象……? 上白が……。
そ、それが仮に事実だとするならば──
「そもそもお前にはわらの存在が必要だって事だ」
話の着地点がそこである事に僕は先ず驚いた。
「……助けてくれるのか?」
「お前に命を預けた時点でわらに選択権がないからな。知っているだろ、お前とわらの力関係を。わらはこの世界ではお前に逆らえん」
「随分と物分かりがいいんだな。報酬はシュークリームか?」
「そうではない。わらとて当たり前だが死にたくないだけだ。そ万が一お前がわらの命の返し方を発見して、それを実行されては敵わないからな。それに元々わらは北の大陸の覇者だ。敵と戦うのが嫌いではないんだ」
そういえば少女は北の大陸の覇者。恐らく幾つもの争いの果てに辿り着いた難度の高い称号の持ち主だった。
「だったらシュークリームはいらないんだな?」
「ん? いるに決まってるいるだろ! わらはやりたい事も欲しい物も全て手に入れる質だからな。それが北の大陸の覇者というものだ! ふははははははは!」
北の大陸の覇者は強欲だった。
「──ただ、確かなくてはいけなくなったな。わらもお前も──」
「そうだな…….」
──上白まなぎが何者か。




