第二話
この子の感情を示すのは"無感情"と言うものだった。
なんでだ、例えばこれは告白をするために来たわけじゃなかったとか。
つまり俺が勝手に告白だったと勘違いしていた可能性。
自惚れすぎだったか、反省しなきゃ。
いや、だとしてもそれが感情がない理由にはならないだろ。
その理由は別にあるはずだ。
まさか感情を読むという能力が使えなくなったとか?
今でもこの子の真横に感情の玉が見えるから違う。
見えるだけで人が読めなくなったとかか?
ふと、他に来ていた女の子たちがいる廊下を見る。
こちらが見たことにより、女の子たちはサッと死角に隠れる。
いやバレてるんで意味ないっすよその行動。
だが一瞬だけだったが、一人の感情が見えた。
その子は『(・・;)』だった。
俺にバレたと思ったから、焦っているという意味だなコレは。
「ねぇ、環状くん」
他の人の感情は見えた。
まだ一人しか試せていないが、多分感情が読めなくなったわけではないと思う。
話しかけてきた人の感情は、現在も変わらず
『( ˙-˙ )』のままだ。
表情はニッコニコのくせして無感情ってとんだ演技派だな、この人。
「おーい環状くん聞いてるの?」
意識を自分の方に向けるよう、大きめの声でそう投げかけられてハッとする。
あ、やばい考えごとしてて普通にこの人のこと無視してた。
でもこういうとき人の感情って、イラつくか心配のどっちかになるはずだ。
だが、この目の前にいるこの女の子は……。
『( ˙-˙ )』
やっぱり無感情だ。
1ミリたりとも無感情から動かない。
なんでだろう。
もっかい無視したら変わったりするかな。
まあ流石にやんないけど。
「ごめんちょっと考え事してた。それで?」
「目の前に話しかけている人がいるのに……まあいっか、話したいことあるからついて来てよ」
シカトしたことの謝罪をすると、笑顔でそう返って来た。
どうしよう。
ここでついて行くのは中々に面倒くさいな。
俺この人のことは最近転校して来たって情報しかねえし。
それに今日は早く家に帰ってゲームをする予定でいたけど。
でも、それ以上に気になる。
感情のない人が一体俺に何しに来たんだってのがすごい気になる。
それと何で感情が無いってのも。
「分かった、ついていくよ。それでどこに行くんだ?」
この人はなんで感情がないんだろうという好奇心だけで、俺はこの転校生について行くことにした。
「それは行き先は着いてからのお楽しみ! ほら、行くよ!」
そう言うと転校生は俺の手をグイッと引っ張った。
「いや、ちょっ」
急に引っ張られ、思った以上に転校生の力が強かったのか勢いつきすぎて机に思いっきり足をぶつける。
大きくガタン、と音をならすほどの衝撃が俺を襲い、思わず足を抱えたくなる。
が、そんなことを転校生は気に留めることも無く俺を引っ張っていく。
「れっつごー!」
「痛え……!」
その姿を見たこの転校生の付き添いに来たであろう女子四人の黄色い歓声を後ろで感じながら、されるがまま連れ去られるのだった。
◇
「ついたよ」
この転校生に連れられるままたどり着いた先は屋上だった。
転校したばっかの人が屋上の位置を把握しているのなんかすげえなあ、とかどうでもいい事考えていると転校生が話始める。
「あのね、伝えたい事があるんだけど……」
そういうなり、思い出したように頬を赤らめる。
更にさっきまで真っ直ぐ俺を見つめていた瞳を逸した。
おいおい、何だコレは。
雰囲気的に告白じゃないか。
いや、まだ自分の恥ずかしいことを発表……だったりするか? しないか。
まてまて、もじもじしないでくれ。
クネクネしないでください。
ってか何がしたいんだこの人。
さっきから感情を覗いているが、ずっと『( ˙-˙ )』だから実際には感情は無い。
無いがなんか想いを伝える人みたいなムーブをしている。
この人は一体何をしているのだろうか。
成り行きを見守っていると、よし、と小声で決意し俺の目を見つめ直し赤らめた顔で言った。
「環状くん、わたしと付き合ってくれる?」
この女は一体何を言っているのだろうか。
普通に告白じゃねえか、どうなってんだ。
なのに『( ˙-˙ )』だ。『( ˙-˙ )』だぞ。
何考えて告白なんてしたんだよこの女は。
「あ、あの返事欲しいかも……」
「えあ、そうだね」
恥ずかしくも自分の想いを伝えたフリをしている転校生を前に俺は脳みそを回す。
どうしよう。
どう断ろうか。
俺はあまり人と関わるのが嫌なんだ。
近寄ってくる人の本当の感情を知ってしまうのはもういいんだ。
だから彼氏彼女とかいらないんだよ俺は。
というか本当にこの女は何なんだよ。
転校したばっかの学校の人に告白なんて普通するか?
もちろん俺はこの転校生のことなんか知らないし、向かうも俺のことなんか知らないはずだ。
いやまあ関わりは無かったけど一目惚れして告白する人とか見たりしたことある。
だがこれは流石にねぇ、勢いありすぎない? って俺は思うのだ。
更に加えて感情が無い。
もう本当に訳が分からない。
そんなことを考えながら返事に困っていると、転校生はトテトテと俺の方に近づいて来て。
「ふん!」
抱きついた。
抱きついてきた転校生は、俺の背中にがっちり手を回して胸に顔をうずめる。
突然の行動に理解ができなくて、そのままピタリと俺は固まって動けなかった。
距離が近い、目線のすぐ先に転校生の顔がある。
これだけ近いと転校生の匂いがダイレクトに伝わってくる。
……うん、これはまあまあ不可抗力だ。
中々に至近距離で、目の前に広がるから顔の良さがさらに伝わってくる。
ほんとかわいいなこの人。
そして転校生はそのままの顔で言った。
「あのね、付き合って欲しいんだ」
「…………何に?」
すると、転校生は先ほどまでの乙女のような顔から一変した。
すん、と顔から感情が無くなった。
死んだ目をし、口角は下がり、さっきまで真っ赤だった肌と耳は、元の白色に戻り。
まるで人の形をしたロボットの様な印象を受ける。
急激に雰囲気の変わった転校生を見て、背筋が凍った。
冷や汗が止まらない。
身体から熱が抜けたような感覚を感じた。
今は夏で気温は高いはずなのに、寒気しか感じない。
なんだこれ、怖い、怖い、怖い。
そして転校生は続けた。
「わたしの感情を取り戻すのに付き合って欲しいの。心の読める環状くんに」
それを聞いた俺は、ただ転校生と目を合わせることしかできなかった。