2.訪問者と吉報
「ジニアーナさま!」
幼い少女がこちらに笑いかける。
「おたんじょうびおめでとうございます! これ、プレゼントです。えへへ」
渡されたのは先日尋ねられた時に欲しいと言った水色のリボンだった。
「ありがとう。なんだか、貰ってばかりな気がするわ」
「そうですか?」
「ええ、だから来年の誕生日は私が選んだアクセサリーを贈らせてね。約束よ」
「はい! やくそく……」
◆◇◆◇
「夢か……」
とても幸せで、嫌な夢だった。
そうか、今日は私の誕生日だった。
私にとって誕生日は他の日となんら変わりはない日で、でもあの年だけは特別だった。
もう一度眠りについて夢の続きが見たかった。
でも、その先に幸せな結末がないことを私は知っている。
ベッドから起き上がり、身支度を整える。
髪を左右で編み込んでリボンを結ぶ。
この作業にも随分慣れてしまった。
あの時のリボンは、大切に大切に使っていたけれど、流石にボロボロになってしまったのでしまい込んでいる。
なのでこれは同じ色の別のリボンだ。
鏡の前で乱れたところはないか確認し、能面のような表情から一転、微笑む。
よし、今日も大丈夫。完璧聖女スマイルだ。
まあ、聖女ではないけれど。
扉を開いて、廊下に出ると、何やら騒がしい。
「あ、ジニアーナ様、あなたに会いたいと言う方がいらっしゃいまして……ヴァイス・カマルドと名乗っていましたが、お知り合いですか?」
部屋の前で待っていたらしいシスターがそう尋ねる。
「ええ、ありがとう。案内してくださる?」
そう言いつつ首をひねる。
確かに知り合いと言えば知り合いだが、そこまで親しかったわけでもないし、あれ以来一度も会っていないのだけれど。
そんなことを考えていると、目的地に着いたようでシスターの足が止まった。
「アスブルス!」
懐かしい、彼女と同じ水色の瞳をした男が立っていた。
随分と大きくなっていて、言われなければ誰か分からないだろう。
いや、正直彼の顔なんてほとんど覚えていないのだが。
「……今は違います。縁を切りましたから。それで、何の用ですか?」
案内してきたシスターが立ち去るのを確認してそう答える。
「そうだったな、すまん。いや、そんなことより、もっとすごいことを伝えに来たんだよ!」
「?」
「ローズマリーが、生きていたんだ!!」
「は?!」
思わず頓狂な声を出す。
何の冗談だ、こいつは。
いや、本当だとしたらこんなに嬉しいことはないのだが。
それならこの十一年間、どこにいたと言うのだ。
にわかには信じがたい。
期待して、裏切られるのは御免だ。
目頭が熱くなってしまうのを必死に堪えつつ、冷静なフリをする。
「冗談にしては面白くないですね。あなたも彼女の兄としてローズのことを想ってくださっていると思っていたのに」
怒りを隠すこともせず、睨みつける。
「いや、本当なんだよ! 病気っていうのは本当だったけど死んだのは父上の嘘だったんだ。今度会わせるよ。あとローズマリーを一番大事に想ってるのは俺だからな!」
ヴァイスは心外だとでも言いたげである。
それと一番は私だ。
「今」
「え?」
「今度っていつですか? 本当だと言うなら今すぐ会わせてください。何なら、私の方から行きます。まさか、今更冗談だったとは言いませんよね?」
「まさか。全部本当だよ。分かった。連れて行ってもいいけど、君、仕事があるんじゃないのか?」
「サボります」
ローズより大事なことなどあるものか。
「ダメだろう…‥君、そんなんだっけ?」
「じゃあ辞めてやりますよこんなとこ! 元々善行を積んで天国に行くために始めたんですから!」
「あら、それは困るわねぇ」
「「聖女様!」」
突然、背後から声をかけられてギョッとする。
「ふふ、行っていいわよ。でも、ちゃんと戻ってきてね?」
聖女様はいかにも聖女らしく、優雅に笑った。
それなのに、どこか圧を感じるような気がする。
どうやら辞めさせてはくれないらしい。