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新パーティ

「では、肩慣らしついでに魔獣でも狩りにいきましょうか。まずはインビジブルラビットの狩猟依頼ですね。知らない間にキッチンの材料を喰う魔獣です」


 ホームを出るなり、ミコトはそう告げた。俺らは羊皮紙に書かれた地図通りに街から出て草原を歩く。綺麗に舗装された道なんかを見るに、そう大した危険はなさそうだ。


 やがて、俺らはインビジブルラビットの巣があると言われた地点……小さな山程度の土塊にたどり着いた。よくもまあここまで育ったことだ。軽く叩いてみるが、おそらくは魔力を練られた土壌の硬度は鉄以上……。


「魔獣っていうと……ダンジョン外の魔物のことかい?」

「はい。魔核を持たない故にそこまでの脅威ではありませんが……民間人にとっては迷惑な生き物もいます。依頼料くらいしか儲からないので冒険者達は受けたがりませんけどね。ほどほどに弱いので、見習いの訓練にはちょうど良いんですよ」

「なるほど……確かに、ジャイアントバグなんかは畑を荒らすしなあ……」


 よく動物と魔獣は間違えられるが、決定的に違うのが進化に魔力を必要とするかどうかだ。動物は肉や草を食んで成長していくが、魔獣は魔力を喰って成長する。


 まあ、だからなんだという話だが、重要なのは魔力を持った獣は総じて厄介だということだ。半端に弱いせいで冒険者からは相手にされず、されとて民間人にとっては脅威だという辺りが特に。


「それじゃ、これが俺と君の初戦闘ってなるわけだ。俺のスキルは『ジャストガード』。相手が攻撃を始める寸前に当てることでショック状態に陥らせるものだ。隙を突くってのが一番分かりやすいかな? 職業は盾役。階級は錆級。相手の不意を突く事しか取り柄なのない紙のような盾だよ」

「……残念ながら、私のスキルはそんなにいいものじゃありませんよ。名前を『連鎖』。この鎖で攻撃し続ければ勢いが乗ってより大きな攻撃を繰り出せるようになるものです。一度でも立ち止まったり防がれたりしたらそこで終わりですから、とても使い物になりません。一撃目二撃目は正直パンチより弱いですよ。職業は攻撃手。階級は錆級です。貴方も厄介な女を押しつけられたものですね?」


 なるほど、分厚い攻撃の数を得意とするタイプか。広域殲滅向きだ。もし彼女を完璧に守る盾がいれば、まさに一騎当千……ああ、そうか。


 これは試練なのだ。錆級のパーティでさえ存在感の無かった俺に、この少女を使いこなしてみろという『竜胆』からのメッセージ。それはつまりこうだ。


 ――ミコトにただの一撃も与えることもなく守り、最大限の攻撃力を引き出せ、と。


 ぶるりと体が震える。それは心地よい武者震いだった。自然と笑みを浮かべていた俺に向かって、ミコトはどこか荒んだ自嘲を挟んだ。


「そうです、笑えるでしょう? 『覇者』の娘としての才能も無く、オニ族としての肉体もない。私は生まれ損ないです。案外、私と貴方は体の良い厄介払いに使われたのかもしれませんね。たった二人でやっていけなんて……」

「何言ってるんだ。これはやる気の笑みだよ。だって、俺らは……どこまでも高みを目指せるエレメントだ。俺が守れば守るほど、君が攻めれば攻めるほど、強くなれる。君は俺のスキルを評価してくれたみたいだけど……同じだけ俺は君のスキルに期待している。だって、あのオリハルコン級パーティ『竜胆』が言ったんだよ? パーティは『力量の近い者同士』で組むのがいいってさ」


 つまり、と俺は盾を掲げる。そこへ示し合わせたように体中に迷彩の魔を纏っていたインビジブルラビットが現れた。盾で『ジャスガ』されたインビジブルラビットは目も見張るほどの鎖の『連鎖』に息絶える。どうやら、ミコトの鎖は先に刃が付いているようだ。


「嘘……インビジブルラビットの攻撃は不可視のはずなのに……貴方、今どうやったんですか?」

「細かい理屈は今はいいだろう? 見た通りだ。俺は君を守れる。だけど、魔を狩ることができるのは君だけだ。せっかくパーティを組んだんだから、助け合いでいこうよ。厄介者? 確かにそうかもしれない。だって俺らはいずれ、『竜胆』のライバルになるんだからね。君は可能性の塊さ。ただ、今まで噛み合う歯車が無かっただけでね」

「どうして……どうしてそんなに自信満々に言えるんですか。変な人……」


 ミコトはどこか馬鹿にしたように……だけど、また笑ってくれた。無理矢理にでも、笑みを作ってくれた事が俺は嬉しかった。


「どうしてと問われれば、俺がそうだったからさ。どうしても居場所が無かったパーティからクリスさん達が掬い上げて、こうして機会を与えられたんだ。パーティはエレメントの組み合わせ次第でどこまでも強くなれる事を、俺は信じてる。理想の組み合わせを見つけるのが冒険者の本望だ。だって、それが寄り合い(パーティ)だろう? だから俺は、嬉しいんだ。やっと自分の力を活かせそうな君と出会ったからさ」

「……でも、本当に私は戦力になんかなりませんよ。今のは肉体的には弱い部類のインビジブルラビットだったから五連鎖で倒せたんですよ。ダンジョンの魔物なんか相手にしたら、二十連鎖は必要になります」

「それなら、二匹目は二十五連鎖……ってところかい?」


 俺の返した言葉に、ミコトはぽかんと口を開けた。見事に呆気に取られたという表情がどこか可愛らしく、今度は本当に可笑しくて笑ってしまった。


「じょ、冗談はそのくらいにしておいてください。変な人! 二十五回、鎖を振り回す時間を魔物相手に作れるわけないじゃないですか」

「そのための(おれ)だ。君はただ出会わなかっただけさ。ちょこまかと動き回り、全ての攻撃を防ぎ魔物の敵意を煽るような盾に、ね」


 そう……ルアクさんはきっとここまで考えていたんだ。本当に、なんて人だろうと思う。俺の魔眼はどうしても人も魔物も問わず敵意を集めるらしい。ならば、いっそ全てを抱え込んでしまえばいいのだ。その間に敵を殲滅できるだけの相棒がいるならば、の話だけど。


「君は言ったね、まるで自分の瞳は魔眼だって。だったら、見せてあげるよ。本物の魔眼がどれだけおぞましいものかを」


 俺はそう告げて、ずっと閉じていた右目を開いた。ミコトの赤い瞳に、眼球全てが深紅に染まる魔眼が映る。


 その瞬間、空気が軋む音が確かに聞こえた。水晶の迷宮の深層に居た時と同じだ。この先はどれだけ逃げ回っても見える限りの魔が俺を襲うことだろう。


「……まさか、本当に? 貴方は……そんなこと、あり得るのですか?」

「本当に、あり得たのさ。どうだい? ミコトはこんな俺と一緒に戦ってくれるかい?」

「――この先、自分を卑下するような物言いは控えてください。それはパーティを組む私の評価も下げる行為ですから。パーティは『力量の近い者同士』で組まれる……なら、私は貴方の魔眼並に扱われていたってこと、ですよね……捨てられたわけじゃ、無かったんですね……」


 ミコトの瞳からつう、と一滴。だが、そんな感傷を魔獣は理解しない。周囲を上空からも取り囲むような気配がした。全く以て、無粋な奴らだ。


「ジャスガ――」


 魔眼を開いた今、この場に流れる魔力は全て見える。姿を隠そうと、その魔力までは隠しきれない。一気に襲いかかってきたインビジブルラビットの群れを、俺は盾で撫で付けて動きを止めた。


 ルアクさんは俺のためだけにミコトを据えたわけじゃない。ミコトのためにも俺と組ませたのだ。ミコトにとってはコンプレックスの解消を目的に、そして俺にとっては魔眼を受け入れられる可能性のあるミコトを仲間に加えるために。


「いくら魔眼持ちの俺でも、彼の千里眼には届かないな……」

「十、二十……三十……四十! は、初めてですよ。こんな『連鎖』!」


 ミコトの戦闘はまるで鎖を使った舞のようだった。変幻自在にしなる鎖はさながら獲物を捕らえて逃さない蛇のよう。回数を重ねるごとにその勢いは増していき、やがては一撃でインビジブルラビットを弾き飛ばすまでに至った。


「よし、殲滅した。もうこの周囲に魔力の気配はない……って、ミコト! その振り上げた鎖は……!」

「振り下ろさないと、終われないでしょう!」


 そう叫んで、ミコトは刃付きの鎖をインビジブルラビットの巣に打ち込んだ。俺の覚えている限り、五十連鎖の一撃は……鉄より固く感じた巣を、木っ端みじんに吹き飛ばした。


「……すごい。やっぱり、君はすごいスキル持ちだったじゃないか!」

「いいえ……訓練用の木人相手では百を振るってもここまでは至りませんでした。やっぱり、実戦はまるで違う……。そんな中、私の力を引き出してくださったのは貴方です。ノエル」


 思えば、彼女が俺の名前を呼んでくれたのは二度目だ。しかし、そこに乗せられた感情には大きな違いがあるように感じた。


「じゃあ……俺と組む事を了承してくれるのかい?」

「むしろ、こちらからお願いしたいくらいです。『竜胆』の皆さんに言われたからではなく……私は、貴方と組みたい」


 こうして、俺は正式に……人生二度目のパーティ結成に至ったのだった。


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