お告げ
「ここですよ。『竜胆』のホームは。結構綺麗でしょう」
「わあっ……すごい。まるで城みたいだ」
俺がまず驚いたのはその大きさだけでなく、煉瓦造りの壁など細部にまで至るこだわりの数々だった。
見かけは本当に小さな城と言っても過言ではないほどで、数百人は詰められそうだ。門には門番を置く程の規模で、とても俺なんかが立ち入って良い場所じゃないような気がしてきた。
「いつまで見とれてるんですか。行きますよ、幹部の方々は暇じゃないんです」
「あ、うん。幹部っていうと……クリスさんとかルアクさん達?」
「そうです。ですが、名前通りの役職ではなく実際にはトップですよ。敢えて王を設けない。それが『竜胆』のやり方だそうです」
「ふうん……良い思想だね。それじゃあ、君もここに住んでるのかい?」
「ええ、まあそうですね……その内、追い出されると思いますが」
後半は声が小さくなって何を言っているのか聞き取れなかった。でも、すごい事だと思う。俺なんかがこんなホームに入った日には、緊張して夜も眠れないだろうから。
そして、いつまでも門の前に立っているわけにもいかず俺らはホームの中へと入っていった。入り口から先は大理石の広がる大きな玄関。そこには十数人の冒険者の姿があった。
「おっ。ミコト、そいつが新人か? こりゃまた……細っせえ奴を連れてきたもんだ」
「わー、結構可愛い顔してる。魔法使いとか似合いそうなのに、盾なんだよね。あー、うちのパーティはもう埋まっちゃってるからなあ」
予想外の歓迎に俺が驚いていると、隣でミコトがクスリと笑った。
「み、ミコト。この人達……『竜胆』組合のパーティなの?」
「そんなわけがないじゃないですか。まともな冒険者なら今はダンジョンの中です。ここにいらっしゃる皆さんはパーティがまだ決まってないか欠けている方々ですよ。訓練を繰り返して気の合う面子を揃えるんです。それより、こちらですよ。幹部室は奥です」
数々の声を振り切って、どうにか俺はその部屋の前にたどり着いた。ぜえはあと息を吐く俺を見て、ミコトは呆れたように笑った。
「情けないですね。そんなのでパーティの盾が務まるんですか? お父様達も、こんな人を連れてくるなんてどうしたのでしょうか」
「はあ、はあ……いや、あんまり他人がいない地域で暮らしてたから、温度差が……ミコトはパーティの人に挨拶しなくてよかったの?」
まともな冒険者なら今働いている、ならば、ミコトもまだパーティを組めていないで訓練の合間だったのだろうと推察したけど、ミコトは僅かに笑みを曇らせて「私と組んでくれる人なんて居ませんよ」とぽつりと呟いた。
「へえ、もったいない。あんなにすごい魔力をしてたのになあ……」
「何ですか、まるで見てきたみたいですね。私のストーカーでもしていたんですか?」
「いやいやっ! さっきの、ほら、路地裏でだよ。君、あの男達に手を出そうとしただろう。あの時、感じたんだよ」
そう言うと、ミコトの表情はまた呆れたものに戻ってしまった。
「別に、私なんて大した物じゃありませんよ。言いましたよね、私も錆級だって……玄関にいた方々は最低でも金級以上の素質の持ち主です。私は、身内びいきで住まわせてもらってるだけです」
「金っ……! 本当に俺は場違いだなあ。って、身内って? お兄さんがいるんだっけ?」
俺は先ほどのミコトの発言を思い出して問いかけた。
「はい。会いませんでしたか? 『覇王』のヤマトが私の父です」
「へえ! あのヤマトさんの……あれ、それじゃあその瞳……」
確かに言われてみれば、東洋風の雰囲気は似ている。これがあれか、ヤマトナデシコという存在か。
そして、俺が目について言及しようとした瞬間、彼女はそっと耳を押さえていた。そんなことをしても音は遮断されないだろうに……という程度の力の入れ方だった。何かのクセだろうか。
「ハーフなんだね。通りで綺麗な瞳だ。お父さんから黒い目をもらって、お母さんから赤い目をもらったのかな。うちは二人ともただのヒューマンだったからね、少し羨ましいや。なんてね」
「……魔眼だと、おっしゃらないのですか。皆言います。全てが半分のお前は呪われていると」
「魔眼? 魔眼だって? そんな風には見えないね。本物の魔眼は、もっと……禍々しくて醜いものさ。とても直視できないくらいにね……」
実際、閉じた右目にそれを持っている俺だからこそ言える。そっと手を当てて、その熱を感じる。そういえば、ミコトも自分は錆級だと言っていた。それなら、あの時魔眼が感じた熱量は一体何だったのか……。
「……変な人」
「え? ああ、ごめん。ちょっと考え事をね。それで、何だって?」
「別に。なんでもありません。ではどうぞ。中で幹部の皆さんが待っておられます」
そうして扉は開かれた。中には静と座った四人の面接官でもいるのかと思ったら……それぞれでハーブティーを飲みながらくつろいでいる姿が見えた。
「ん、ああ。来たか、ノエル君。まあ、こっちに来て座りなよ。それに、ちょうど良い。ミコトもだ」
「ぎゃはは! マジで来やがったな、クソガキ! おい、ヤマト。小難しい話は奴らに任せて呑もうぜ!」
途端に騒がしくなる室内。奥でオーランさんとヤマトさんが木樽を手に盛り上がっていた。その手前で、ソファに寝転びながらひらひらと俺に向かって手を振るクリスさん。そしてそれらを見渡して溜息を吐くルアクさんが居た。
「失礼。ホームでは皆気を抜いてしまうんだ。かといって、君の話は外部じゃ出来ないからね……それで、ここまで来てくれたって事はボクらの組合に参加するってことでいいのかな?」
「はい。でも、その前に……その、組合って結局の所何なんですか?」
「ああ、そうか。ノエル君は知らなかったか……組合っていうのは、言ってしまえばパーティの寄せ集めだよ。ただし、ダンジョンでの稼ぎだとか財産の一部を共有するだけ。この王都の成り立ちと同じだよ。弱者が強者に面倒を見てもらい、強者となったかつての弱者がさらに弱者の世話を焼く……簡単に言えば、それだけの集まりさ。今となってはどの組合に属しているかで、ややギルドでの扱いなんかも決まってしまうものなんだけど……」
そこで一度ルアクさんは言葉を区切った。そして、チラリと俺の隣でまた仏頂面に戻ってしまったミコトを見る。
「単刀直入に言う。ノエル、君は組合を作るべきだ」
「は……ば、馬鹿言わないでください。たった今、強者が弱者を育てるって言ったばかりじゃないですか。俺なんて弱者中の弱者、錆級ですよ? たかが数日ダンジョンの深層を潜ったからって、いきなり強くなるわけないじゃないですか。てっきり俺も『竜胆』の組合に入れてもらえるとばかり……」
「そうだね。いきなり集団の長になれとは言わない。でもね、組合ってものは言ってしまえばどれだけ小さくてもいいんだ。事実、既存の組合に入らず仲間を集めている者もいる。ノエルに関しては……『竜胆』ではなくボクらが支援する。それが魔眼に汚染された君に、ボクらが出来る精一杯だ」
つまり……困った事があれば頼ればいいわけか。なるほど、組合だ何だと言っても、結局俺の最大の強みはルアクさん達四人を味方に付けたことにある。
訓練を始めとしていざという時の救援までお願いできるのだ。その条件ならば、確かに新たな組合を立ててもなんとかやっていけるかもしれない。
「分かりました。どうせパーティは一から作らないといけないですもんね。後ろ盾があると思えば頑張れます」
「うん……だからといって、いきなりボクらの内誰かとダンジョンに潜るのもオススメできない。パーティとして成長していくには、力量の近い者同士で組むのが一番だ。つまりは、錆級パーティから始めることになるわけだけど……そこで、ミコトだ。彼女はまだ錆級であり、将来有望な冒険者だ」
ミコト、と名前を聞いて彼女の表情を窺うと……やはり、仏頂面だった。何の感情も読み取れない。そんな彼女は、ただ一言答えた。
「はい。それでは、私はこれよりノエルのパーティに入る事にします」
その答えは、俺にとっては嬉しいものだったけれど……どうしてだろう。まるで何かの決別の瞬間のように感じてしまった。