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深淵の王

 声が、聞こえる。騒ぐ人の声。久しくそんなものは耳にしていなかった。奈落に落ちてから数年は経っただろうか。血で喉の渇きを、生肉で空腹を凌いできた俺には、他人の声とはひどく懐かしいものだった。


 それと同時に、今自分が居る状況を思い出す。そうだ、ここには危険な魔物が沢山いる。ここはどうやら魔物も近づかないようだから眠っていたけれど……どうやら、話が違ったらしい。


「……俺が、守る」


 ただ、ぽつりと口にする。それは自分自身への誓いだった。それは、絶対に守らなければならないもの。折ってはいけないたった一本の旗。


 それを杖代わりに、俺は花弁のベッドから立ち上がった。


「だ、ダメだ。君は動ける状態じゃない。ここはボクらに任せて――」

「ここは……錆級にしては、強い魔物達ばかり……です。逃げて……その間、俺が、受け持ちます……」


 しばらく誰とも喋っていなかったからか、思ったより疲労はひどいのか中々声が出なかった。それが可笑しかったのか、誰かの哄笑が聞こえた気がした。


「おもしれえ……やってみろよ。クソガキ」

「オーラン。今は冗談を申している時ではないぞ?」

「そいつが勝手に守るっつったんだ。いいじゃねえか。死に所を探してんだろ、きっと。深淵の王に敗れたとなりゃあ多少は格好がつく。俺達は見届けてやろうぜ」

「むう……」

「大体、この深淵を先に見つけたのはコイツだ。その王を横取りしちゃあ冒険者の掟に反するだろ」


 ああ、もう、うるさい。俺だって必死に立ち上がってるんだ。早く逃げてくれ。そして、助けを呼んでくれ。どこをさまよっても出口なんか見当たらなかったんだ。新しくここに来た君達なら知っているだろう、帰り道を!


 俺は体の隅々まで力を込めて、最後に右目を開いた。その瞬間、莫大な魔力を持った魔物が目の前に立っていることが分かった。だが、ここの魔物など俺からしたら、どいつもこいつも化物ばかりだった。


 その中を何とか生き抜いてきたんだ。今回も同じことをするだけ……そう、それだけのことだ。


 ――GRYAAA!


 魔物の咆吼で戦いは始まった。奴が腕を広げると共に数十本の闇の槍が降り注ぐ。だが……十体の複腕魔物と三日三晩戦い続けた今の俺なら全てを捌ける。四方八方からの連撃くらいを錆級の魔物でもしてくるのだと知っていて良かった。


「な……『暁暗の槍』を全部……!?」

「か、回復を続けるね! 今ので怪我した人はいない!?」


 そして。魔法にも『ジャストガード』が通用する物と通用しない物がある事も知った。発動直後なら硬直が生まれるが、練られてから体勢を立て直した状態で放たれた物は『ジャスガ』しても隙は生まれない。


 むしろ、こいつがこんな攻撃をしてきたのは……追撃ありきの事だろう。


「あれは『五月の闇』だ。我とて直撃を受ければ無傷で済まん。我が守って……」

「手ぇ出すな! コイツの底力が見てえ……防げなくても、死にゃあしないだろう。そこのガキ以外はな」


 魔物が手のひらを合わせ魔力を集中させる。そこから伸びてくるだろう光線を幻視して、盾を構え直す。もう一つ信じられるのは、この魔汚染された盾の強度だ。どんな魔物のいかなる攻撃を受け止めても傷一つ付かない絶対の黒盾。


 後は、魔眼が備わっている右目の視界で魔力の流れを見極める。どれだけ素早い攻撃だろうと、攻撃である以上俺と接する瞬間がある。その刹那の時間こそが、俺の独壇場だ。


「ジャスガ!」

「は、ははっ……弾きやがった!」


 光線を跳ね返した後はそれに追従するように足を踏み出した。負けない。いくらデカかろうと錆級の魔物程度に手こずってるようじゃ、ダメなんだ。


 幾度も、幾度も繰り返し放たれる魔法という魔法を『ジャスガ』する。その度に盾の中の魔力が溜まっていく……が、それは明らかに異常な速度で溜まっていった。


 ここのボスだったのだろう一角巨人を相手にした時でさえ五十以上の魔物の攻撃をひたすら受け続けてようやく発動可能な状態まで溜まったというのに……この低層の魔物の攻撃力はすごいな。


「だけど、所詮は錆級だ……!」


 ――GRYYYYYYAA!


「来るぞ、『冥王の断末魔』だ! これは、ひょっとして奴が、本当に……!?」

「行けっ……! そうだ、君こそが冒険者だ! 深淵の王を、狩り取れ!」


 十分に溜まった盾の魔力を、解放する――。


解放(リリース)……『返り咲き』!」


 今回舞い散る花弁の数は尋常ではなかった。もはや一つの嵐と呼べるほどに吹き荒れ、魔物の巨体に貼り付いていく。そして、完全に魔物を覆い隠した時には、一本の大木とでも呼ぶべき建造物が出来上がっていた。


 そして始まる、処刑の時。漆黒の捻れ焔が大木を焼き尽くすように貫通していく。じわじわと炙るように、骨の髄まで焼き殺さんとばかりに、執拗に破壊を尽くした。


「はあ……はあ……うっ!」


 俺の体力は、そこまでが限界だった。ジャスガしているうちは疲れないものの、このトドメを刺す際にはどっと疲れが来るのだ。おそらくは気張っていた分疲労を感じるのだろうけど……とにかく、もう立ってもいられなかった。


「……大丈夫? すっごかったよ、君……後はあたしらでやるから、安心して眠ってて」


 だけど、そんな俺を包み込んでくれる誰かがいた。その顔ももはや見ることは叶わない。そうだ……俺は、既に左目を開く元気さえ残っていなかったのだった。魔力を直接見ることが出来る右目だけであれだけ動けた俺って……すごく頑張ったんじゃないか?


 だったら、もういいだろう。一度足を止めるくらいの権利はあるはずだ。安心してという言葉は、それだけ俺の心を刺した。


 すると、もう、意識は遠く――。


 ◇


 ノエルが意識を失った後。『竜胆』は呆然としていた。それはひとえにノエルと深淵の王との攻防を見ていたからである。


「や、やりやがった……深淵の王を、たった一人でぶち殺しやがった! コイツ、おもしれえよ! 連れて帰ろうぜ、なあ!?」

「オーラン。君の言いたいことは分かる……だが、この子の魔眼を見ただろう。そう簡単に事は運ばないよ。魔汚染された冒険者なんて、『竜胆』じゃ抱え込めない」

「何だよ、んなもん普段は眼帯させときゃいい話だろ」

「違うよ、オーラン。もし発覚した時……ボク達だけでなく、オリハルコン級のパーティ全員の株を下げると言ってるんだ。ボク達は良くも悪くも有名になりすぎている。こんな田舎の錆級冒険者にも知られているくらいだ。そう簡単に爆弾は抱え込めない」


 オーランは嫌な態度を隠しもせず「ちぇっ」と舌打ちをして獣耳をへたらせて黙り込んだ。一体何を考えているのか……とルアクは呆れを含んだ邪推をする。


「だけどさー、ダンジョンで倒れた冒険者がいたら助けるのが当然っしょ? このまま置いてったりしないよね?」

「それは当然だね。もちろん、この子は助けるよ。見たところひどく疲弊しているようだしね。まあ、そりゃああの数の魔物を倒して王に至るまで駆逐したんだ。何度死んだか分からない。深淵じゃ時間の流れも違うし、蘇りもあったかもねえ……考えすぎか。さっきの戦闘を見ていれば『冒険者殺し』くらいに引けを取らない事は分かってるよ。ボクはいつも杞憂しがちなんだな……そんなボクが心配しているのは、助けた後どうするか、さ」


 ルアクの許可も出たことだし、とヤマトがノエルの体を担ぎ上げる。この場の誰より屈強な体を持ったヤマトは、そのあまりの軽さに驚いた。この体のどこに、あんな力が宿っているのか……と。


「……そういえば、だが」

「ん? なーに、ヤマト」

「我らは一切防御もしなかったが……傷一つ付けられておらんな。錆級深淵とはいえ、王を相手にして……この小童は、我ら全員を守り切った。何というかな……同じ盾として、昂ぶるものがある」


 こうして、ノエルの長い地獄の時間は終わりを迎えた。しかし、ノエルの新生冒険者人生はここから始まる。彼らが去った後にはこの先の未来を表しているように血を吸って咲くサクラの大樹が堂々と花を咲かせていた。


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