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竜胆

「あーあ、俺達がどうして錆級のダンジョンの踏破なんざしてやらなきゃならねーんだよ」

「そう言うな、オーラン。暇していたのが私達だけだったからだろう。どうせ今すぐ攻略しなきゃいけないダンジョンも無いんだ。錆級といえど安全を確認しないわけにはいかない。昔は君も、そうやって育ったはずだ」


 だらだらと水晶の迷宮を下りていくのはオリハルコン級パーティ『竜胆』だった。文句を述べたのは獣耳の生えた獣族。それをたしなめたのはハイエルフの少年だった。


 冒険者にはそれぞれ格付けがあり、一番下が錆級、銅級銀級金級と上がって次が白金級、さらにその上……一番上位がオリハルコン級だ。つまり、『竜胆』は冒険者界隈における最強ランクのパーティと言える。


 その構成員は口の汚い『剣聖』のオーラン、それをいさめた『雷神』のルアク。それを黙して聞いている『聖女』のクリスと次に口を出す『覇者』のヤマトだ。


 クリスは天使族で、背中に白い羽が生えている……天使と呼ばれてこそいるがただの比翼持ちだ……そして、ヤマトは、驚くほど鍛え上げられているガタイをしている鬼族だった。


「だが、ルアク。この程度の仕事ならば金級程度でも十分過ぎるだろう。同じ仕事に困ってる者同士なら、下位の者を優先させてやるべきだ」

「うーん、ボクもそう思ったんだけどねえ。クリスがどうしてもって聞かないんだよ」


 話を向けられたクリスは両手を組み合わせ祈りを捧げ終えると、別人のように軽い笑みを浮かべて口を開き清涼とした声を発する。


「神のお告げ……とまでは言わないけどねー、ここに来るべきだって感覚があったんだ。皆には迷惑をかけて悪いと思ってるけどさー……けど、今回の仕事を損なえば後悔するような気がしてね……」

「つまりは勘か?」

「平たく言えば、そうなるね!」

「ふん。まあ構わん。クリスの勘が外れた事はないからな」


 納得したように見せるヤマト。これで多数決をとっても三対一になってしまったオーランが「ちっ」と唾を吐いて歩を進めた。


 そんな彼らの仕事というのが、この水晶のダンジョンの踏破だった。ダンジョンとは元々お宝を餌にして人間を寄せ付け喰らう魔物だ。危険なほど強力ならば討伐する必要があるし、飼い慣らせるなら一度奥底まで踏破して、魔物とお宝を生み出させて多くの冒険者のために活用される。


 その際に「このダンジョンは~級だね」という判断を任されるのが、数ランク上のパーティ……今回で言うオリハルコン級の『竜胆』の仕事がそれだ。上層に住み着いた魔物からして錆級と一応は区分けされているダンジョンのために、この確認が遅くなったのだ。


 実際、道中の魔物など彼らからすれば雑魚と呼ぶにも相応しくないほどの、蹴飛ばすだけで消え入るものばかりだった。


 やがて高層から下に降りようとした時、『竜胆』は三人の男女の冒険者と出会った。


「なっ……テメエら……あなた達は、オリハルコン級の!」

「驚きました。しかしちょうど良かった。帰り道を見失ってしまったのです。外へ通じる道はどこでしたか?」


 それは先ほどノエルを見捨てたばかりのエイガー達だった。道案内における頼りのレンファも今は絶望を隠そうともせず、先導しようとしなかったのだ。


 しかし、そんなレンファにとっても『竜胆』は救いの神に見えた。


「ぼ、冒険者様方! このダンジョンの奥底に仲間が落ちてしまって……どうか、助けて……もがっ!?」

「馬鹿! 余計な事を言うんじゃねえ。何でもねえですよ」


 それで「はい、そうですか」と流されるほど『竜胆』も馬鹿では無い。この先のトラップか何かで仲間を見捨ててきたのだろうということは変則編成である三人組を見て分かった。しかし、本当にどうしようもなかったのだろうし、そこを突くのは野暮だ。


 それでも、ルアク達は気にくわなかった。それは、その見捨てた仲間の救助さえ口に出させない冷徹さにあった。


 確かに、ダンジョンで仲間を失う事は恥ずべき失態だ。基本的に四人が協力し合い実力に見合った冒険をすれば死にまではしない。


 それが冒険者の基本。しかし、絶対と言えないのが冒険だ。そんな事態になった時、優先するべきは人命なのは人としての基本だ。


 その基本が出来ていない三人組を見て、『竜胆』はそっと心の中で「こいつらは没」という判断を下した。


「んー、帰りはあっちだよ。一本道だったから平気かな。それより、このダンジョンってそんなに深いの?」

「さ、さあ……俺達には分かりませんことで」


 暴れる緑髪の少女を押さえつけながらの冷や汗。それがクリスにとっての答えだった。


「ねえ、みんな。ここ、もしかして……『深淵』持ちのダンジョンかもよ?」

「はあ、し、しんえん……?」


 深淵。それはダンジョンの奥底に居るボスを越えたさらに奥にある異世界のようなものだ。そこでは規格外の魔物や真の迷宮産と呼ばれる武具が見つかると言われている。


 オリハルコン級の『竜胆』でこそ何度か訪れたことのある深淵だが、その実態は未だ分からないままである。何故かというと、そこに出現する魔物の強さはそのダンジョンとは格が違い、帰る道さえ定かでは無い不安定な空間だからだ。


 一説には時間の流れ方が違う、またはあり得ないほどの経験値を得られる、もしくは最高のアイテムが見つかる……諸説はあるが、冒険者にとって夢の一つであり危険極まりないイレギュラーでもある。


「行こう行こう! 錆級の深淵がどんなものか知らないけど、攻略も余裕でしょ」

「そのお気楽さは構わないが……もし本当にそうなら、ボク達といえど本気を出さなきゃ生きて帰ってこられないよ?」


 はしゃぐクリスをいさめるルアク。だが、そのルアクさえも未知の冒険に心を躍らせていた。もはや、冒険者の最上位にたどり着いてしまった彼らにとっては多少危険なくらいの冒険でなければ、楽しくないのだ。


 そんな『竜胆』を置いて、三人組はとっとと逃げ出していた。よほど恐ろしい事があったのだろう。その様がまた深淵への期待度の上昇に繋がる。


「あー、たるいなあ……いくら深淵の魔物が飛び抜けて強いっつっても錆級だろ? ま、ちょっと見てみるくらいなら構わねえか」

「覇者たる我を満足させられるものかどうか……見定めよう」


 オーランとヤマトも乗り気だった。顔を合わせて頷き合った『玲瓏』はダンジョンの奥へ奥へと進んでいく。


 道中にはそれなりに魔物が蔓延っていたが、とある一点からまるでその姿を見せなくなってしまった。だが、それこそが誰かが通ったという跡。すなわち、上層から落ちてきて逃げ回ったのだろう足跡だった。


 やがて……階段を五十は降りた辺りで空間がブレた。この感覚こそが深淵に入ったという事実。何度も経験している『竜胆』は、だがしかし驚きと戸惑いの表情を浮かべていた。


 その原因は、深淵のあちこちにこびりつく血の跡の量だった。色も様々であるから、魔物の血であることは間違いない。しかし、どれほど激しい戦闘ならこんな跡が残るのか……全く以て察しがつかなかった。


 まるで、規格外の武器を持ってしまった子供が闇雲に魔物という魔物に襲いかかったような、そんな奇妙さだった。


 そして、歩けど歩けど魔物と出くわさないのだ。あるのはただ金級のダンジョンでもそうそうお目にかかれない魔物の死体ばかり。道しるべのように残された桃色の花びらだけが『竜胆』の歩む道だった。


 やがて彼らは、深淵の最奥地へとたどり着いた。ただただ歩いて数時間もかからない、小さな深淵であることが分かったのはそこ……ダンジョンの魔核が存在する深淵の果てに行き着いたからだった。


「……この、ちみっこい子がやったの? とりあえず回復しなきゃ……すごくすり減ってる」


 そして、そこでは完全に体の芯まで血に染まってしまったかのようなヒューマンの少年が倒れていた。桃色の花弁を重ねたベッドに寝かされた様は、まるで何かのおとぎ話の姫の様相だ。


「『深淵』では時の流れさえ変わってしまう……だとしたら、本当に彼が?」


 最も、髪も伸び放題で長く放置されていたのであろう乾いた血の跡はとても姫とは呼べなかったが。


「ば、ばっかやろ。んなわけねーだろ。魔物同士で殺し合いでもあったんじゃねーの? 深淵じゃ何があるかわかんねーからな。ここに来るまでに見たろ、あの魔物達! 白金級のパーティが全力で立ち向かってようやく勝てる相手だ。それを、ここに偶然落ちてきただけのガキがたった一人で全滅させた? おいおい、何の冗談だよ。あり得ねえ。絶対にここで何かが起こったんだ!」


 オーランの言い分は最もだった。錆級のパーティから見捨てられた少年がまともに戦って勝てる魔物は一匹としていなかった。オリハルコン級の冒険者ともなれば、見ただけである程度の強さは計れる。その目を以てしても少年はただの駆け出しの錆級冒険者にしか見えなかった。


 その時、ふと地面が割れた。予想外の事態にも慣れた『竜胆』は機敏に反応する。


「……来るぞ。我の本能が告げておる。『深淵の王』が、生まれる――」


 『覇王』のヤマトがそう言い放った瞬間、剥き出しになっていたはずのダンジョンの魔核を覆うように地面から魔物の姿が出でて……見上げるほどに巨大な二本の捻れた大角が目立つ悪魔が生まれ出た。


 これが、深淵の王。真のボスだ。


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