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奈落

「ここは……ああ、そうか。上から落ちてきたんだ」


 俺は全身に広がる痛みに覚醒して周囲を確認すると、そう呟いた。天井はもはや見上げるのも馬鹿らしくなるほど高く、狭かった。きっと、あの崖は尻すぼみ型になっていて自分は体のあちこちを打ち付けながらここまで落ちてきたのだろうと予測を立てる。


 それより大事なのは今の状況だと起き上がると、ギラギラとした血に飢えた獣共と目が合う。サウザンドウルフの群れ、肥え太ったオーク達。その奥には見上げるほどの一角巨人。いずれも冒険者殺しとして名高い魔物達ばかりだった。


「迷宮の底ってか……そりゃ、魔物もこれだけいるよな」


 そんな状況において俺が落ち着いたように振る舞えたのは……偏に、視界が違うからだった。今の俺はまさに目の色が違った。目を片方喰われた代償に得た深紅の魔眼は、俺にその場に流れる魔力の波を見せていた。


 どこにどれほどの脅威があって、それはどう動いてくるのか、それが全て俺には見えていた。


 それだけの情報があれば……と思うかもしれない。だが、忘れてはならない。錆級のヒューマン一人にとって魔物とは数体一緒に襲いかかってくるだけで脅威なのだ。


 それが今、見渡す限りに数十体は居る。これに震えないヒューマンなどいないだろう。そして、俺の恐れていた通りに群れは一個の怪物となり襲い来る。


「見える……そして、動ける!」


 俺の動きは決して素早くは無かった。だが、間違いなく正確だった。足を踏み込むタイミングも、最初に盾を構える方向も、ほぼ全方位からやってくる力の受け流し方も。


 一個の怪物と言えど、完璧な連携など魔物には無い。必ずそれぞれが俺の体と触れる瞬間には誤差が生じる。その誤差を全て利用した俺は、盾をゆっくり一振りするだけで二十の爪を『ジャスガ』した。


 硬直するのは防がれた魔物。最小限の力で防い俺ルはすぐさまトドメに移ることができる。これが『ジャストガード』の強み。疲れず欠けず、一手先を取りながらしかして確かに攻撃を受け止める。


「変わらない……一つ一つを処理すれば、万に至る――!」


 二十を『ジャスガ』した勢いで振り返り三十の押しつぶそうとする体当たりを『ジャスガ』する。これにかかった時間、わずかゼロコンマ六秒。そして、出来上がったのが攻撃を弾かれて竦んだ魔物が五十。


 そうなれば、もはや切り裂くためだけに存在しているような肉塊に他ならない。俺は盾と逆の手で持っていた片手剣をやたら滅多に振り回し、技とも呼べない斬撃で全ての魔核……魔物にとっての心臓を破壊した。


 本来なら、冒険者としては魔核は無傷で得て換金したい所だったが、生きるか死ぬかの状況にある今は手段を選んでいる暇はなかった。


「あと一匹……デカいな……」


 返り血をたっぷりと滴るほど浴びて、俺はこの群れのボス、一つ目巨人に向き直る。ここに落ちるまでの俺ならば死を覚悟した事だろう相手。


 しかし、今は右目が熱かった。埋め込まれた魔眼が灼熱に脳をも焼くほどの熱を持ってただ叫んでいるのだ。


 ――こいつらを殺せ、と。その血がこの盾の力になる、と。


 五十の肉を切り裂いた片手剣はもはやなまくら同然、頼れるのは得体も知れない漆黒の小盾のみ。相対するのは腕の一振りが自分を殺すに値するだろう正真正銘の化物。だが、それでも俺の心は折れなかった。


「なるんだよ……最高の盾に! 俺が全部、守るんだ!」


 仲間に見捨てられようと、奈落に落ちようと、折りたくとも折れない野望。それだけが今俺の心を燃やしていた。


 ――あんたの背中じゃ安心できないわよ。じゃあね!


 拭い去りきれない記憶、守れなかった過去が俺の芯だった。昔、俺は冒険者を志すより前に幼なじみを失っていた。


 大事な幼なじみを守る術もなく目の前で魔物に殺されたのだ。それはもうこれ以上無いトラウマだった。それから俺は、安心して背中を見せられる男になろうと誓ったのだった。


 今と状況こそ違えど、条件は同じだった。迷宮の底にこんな魔物がいるなら、錆級ばかりの里はいずれ滅ぼされる。ただ育った里だ。だが、俺にとって一生を共にしてきた里なのだ。


 守るべきものがある盾は、折れてはいけないのだ。絶対に信頼できる盾は、逃げない。


 そんな決意を嘲笑うように、巨人は強靱な筋肉で武装した腕を振り下ろしてくる。俺は慌てて……慌てた後に、心を鎮めた。ただ受け止めるだけじゃ俺はぺしゃんこにされて終わりだ。だけど……。


「っ! 風情も何も無いな……!」


 『ジャストガード』の強みがここにある。タイミングさえ合わせればいかなる攻撃も無効化する。おまけに相手は攻撃の反動を受けるから俺に一手先の利がある。だが、肝心の決め手がない。


 五十の魔物を切り裂き血をたっぷり吸った片手剣では、この巨人の筋肉は断ち切れない。いくらガードでは疲れないとはいえ、体を動かしていること自体に変わりは無い。疲弊していくならまず俺の方だ。


 こんな時、仲間が居れば。信頼できる、力強い仲間が居れば。そうしていると、蘇るのは落下した時の彼らの顔。死期にはその人の人生が映ると云われている。


 だが、俺の場合……「ざまあみろ」とでも言いたげなエイガーの嘲り。「勝手に落ちただけでしょう」というエミリーの無関心。「自分の責任になってしまう」というレンファの焦り。


 そして、巨人の角から発される強大な魔力の波動。継続的に範囲攻撃を繰り出されれば、いよいよ俺に勝ち目はない。あくまで『ジャストガード』は初撃を打ち消してすぐさま動けるというスキル。自由に動けたところで火の海の中では生き残れないのだ。


 ああ、虚しいなあ。俺の人生、これだけか。負けて負けて負けて、とことん負け犬根性が染みついていやがる。


 だが、俺の左腕に取り憑いた悪魔が囁く。魂を捧げて勝利を掴めと恫喝を飛ばす。


 ――こいつも殺せ。そのための血は十分に流れた。ただ叫べ。怨敵を滅ぼす魔法の言葉を。


 すると、盾に大きな魔力が溜まっていることに気付く。ここまで『ジャスガ』してきた衝撃が全て、そこに魔力として貯め込まれていたのだ。なら……これだけの魔力があるならば。


 そのための言葉は、心の奥底から湧いて出た。


解放(リリース)……『返り咲き』!」


 そう叫んだ瞬間、盾から見たこともない桃色の花びらが舞い上がって巨人の体を覆い隠した。そして、拘束した上で内側から刺すように桜花が巨人の体を切り裂く。これ以上無く艶やかに、残忍に。


 やがて、全てが終わった後には……巨人だった肉片が花びらと共に散っていた。


 そして、俺は完全に理解した。自分に備わった『ジャストガード』がどういうスキルなのかを。


 そりゃあ、今まで使えなかったわけだ。これはある意味、強敵殺し(キリングスレイヤー)そのもの。弱い攻撃をいくら受けても魔力は溜まらず、タイミングが偶然合った際に素早く動けるスキルでしかなかった。


 だが、強烈な攻撃への『ジャストガード』を幾重にも重ねれば、それだけ魔力が溜まり一定値を越えれば強力な反撃技を使えるようになるのだ。


「戦える……俺、死ななくてもすむぞ……!」


 ふつふつと活力が……生きる希望がわき上がってくる。死ななければ。生きてさえいれば。夢を追うことが出来る。立派な冒険者になって、仲間達に背を向け一切の魔を通さない絶対の盾として活躍して……愛する人達に看取られる。


 そんな幸せを、掴むことができる。そのためなら……。


「やってやろうじゃないか。奈落の百本勝負……!」


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