英雄法
自殺大国として名高い我が国は、とうとうここまで来てしまった。
自ら命を絶つ事に税を設ける法を作ってしまった。
その名も『英雄法』。
数十万の税を納めれば、特殊な事例を除き、誰でも自殺が許可される。
個人的には狂っていると思う。
しかし、それで救われる人の方が多いのだと言う。
異常だ、こんな事あってはならない。
しかし、今日も私はそんな英雄が生まれる場所の警備を任されている。
勿論、自ら志願してこんな場所の警備をしている訳ではない。
背中越しに野次馬の歓声が聞こえてくる。
今日もまた英雄様が誕生するようだ。
今週に入って、既に4人目となる英雄様が。
さぁ、今日の英雄様は誰かな……
背後に耳を傾けてみよう。
『本日最初の英雄様のご登場です。
お集まりの皆様は拍手でお出迎えください』
少し雑音が混ざった無機質なアナウンスが、錆びたスピーカーから響く。
それと同時に野次馬達の盛大な拍手。
その割れんばかりの拍手と共に現れたのは、まだ10代半ば程の少年だった。
彼が立っている場所を、野次馬達は首を逸らして下から見上げている。
ビルの4階程の高さの登り台に、プールの飛び込み板の様な物が付いただけのシンプルな建造物。
勿論、その下にプールなどは存在しない。
強い衝撃を物ともしないコンクリート。
人が飛び降りる為だけの建造物だ。
何故、首吊りなどの方法が取られなかったか、と疑問に思う者も少なくないだろう。
言ってしまえばこれは『娯楽』だ。
娯楽が飽和状態なこの国で、とうとう人の生死までもがそのカテゴリーに入ってしまっていた。
要するに、派手なパフォーマンス求めている。
よって、飛び降りなのだ。
英雄が飛び降り台の端に立つと、再び野次馬達へ向けてアナウンスがはいる。
『お集まりの皆様、英雄様のお言葉に傾注してください。
尚、英雄様への罵詈雑言は禁止されております。
英雄様へのご理解、お願いします』
拍手が止み、野次馬達は英雄の言葉を待つ。
そして、震える手を握りしめ、英雄は言う。
「僕は……僕はずっと虐められてきた!
小学校も、中学校も、今も!!
悲しんでくれる両親ももう居ない。
だから、僕を虐めてきた奴らに復讐がしたい!
その為に、今ここに立っている!!」
少年の涙ながらの訴えがこだまする。
それを聞き入れた野次馬はそれに賛辞を送る。
「よく言った坊主! そんな奴ら復讐されて当然だ!」
「そこに立つまでに辛かったなぁ!」
「そいつらが絶望した顔、拝んでやるよ!」
英雄の少年が復讐と口にしたのは、この法の制度によるものだ。
この法律の細かい所に、英雄を生み出した原因となった直接的な人物及び、その施設、部署の長となる人物に生涯に渡る税を課すことが出来る。
これは、主に消費税に加算される事になる税だ。
現在が18%である為、最大で10%を上乗せし、加害者に28%の税消費を生涯強制させる事ができる。
勿論、行政の人間による精細な調査は行われるが、そのほとんどは通ってしまう。
よって、現代において虐めやパワハラの類は、それ相応のリスクを伴う。
それでも件数が減らないのは人間の性だ。
しばらくの賞賛が続いた後、その時がやってくる。
少年は震える足で、1歩、また1歩と足を進める。
そして──。
床が無い場所への1歩を踏み出した。
「うわぁぁぁぁああ!!!!」
頭から落下していき、ものの数秒で床へ。
肉がぶつかる鈍い音が響き、一瞬の静寂の後に、会場が割れんばかりの歓声で包み込まれた。
ここにまた1人、英雄が散った。
亡骸は専門の業者が回収し、然るべく場所へ運ぶ。
しばらくすると、またアナウンスが流れる。
『英雄様がお亡くなりになられました。
行政は然るべき対処を加害者に課す事でしょう。
本日午前の部はこれにて終了となります。
午後の部は14時から行われますので、次の英雄を迎えてあげてください。
繰り返します──』
こうして1人の少年、否、英雄が旅立った。
何とも悪趣味な法である。
背中越しに何人もの英雄を見送ってきた。
今日の少年も若いが、以前には中学生も来たことがあった。
主婦、中年男性、学生、その他色々。
正直、自分自身が鬱になってしまいそうだ。
でも、自分がいないと、英雄の関係者を通してしまう。
それだけは避けなければならない。
あんな叫び声、訴え、身内に聞かせていいものじゃない。
これ以上、腐った世の中を見ていたくない。
あぁ、早く転職したいものだ。
それかいっそ──
──英雄にでもなってしまおうか。
読んでいただきありがとうございます。
今回はかなり人を選ぶ作品だったかな、と思っています。
お時間があれば評価を貰えると有難いです。