第7話
『【最後の配信】月詠アスカ、Vtuberを引退します』
情報には情報で対抗する。この方法はキラがアスカに教えたものなのだろう。俺は配信の準備をしながらキラと話した時の記憶に浸る。
キラは昔から賢く狡猾に社会を生き抜いてきた。時には大人を騙し、頭脳には頭脳で対抗する。これはセロのような記憶力がいいとかそういう類の賢さではない。社会を生き抜くために育て上げられた後天的な才能。
確か俺にも話してくれたようなことがあった。俺とキラは両親が忙しかったので、中学校まで放課後は学校に付随する児童保護施設に預けられる。
(ねぇ見てみて先生!この算数で100点とったよ!)
(先生、俺このゲームで1位とったんですよ)
言わずもがなこの二人の児童からの幼児的な自慢に対して、先生からの受けが良かったのはキラの方だった。
「晴、先生にとって一番子供のうれしい情報は勉強ができることでしょ?つまりこっちの情報のほうが相手に取っては大きく、いいように見えるんだよ。情報と情報が重なり合ったときそれは見る人にとって、大きく興味があるほうで他の情報は塗りつぶされるの」
キラは幼いながらにして大人から注目される方法を知り尽くしていた。
まるでキラの面影を見ているようだ。そうだこれが情報戦を得意とするキラのやり方、おそらくキラのイラストレーターでもあるアスカにも伝授されているだろう。
しかし配信を準備してしまった以上は配信を行うしかない。
─────数分後─────
二つの配信はほぼ同時に始まった。二人のVtuberの誕生と消滅。それは視聴者にとって大きな話題になり、今後のVtuber業界を大きく動かす事態となった。
「こんにちは。天野晴です。皆さんさっきのセロの配信見てくれたかな。」
白い背景、ネットで適当に拾ってきたであろうゴシック体の晴の文字にスーツ姿の胴体が描かれたイラストが合成されただけのちっぽけな姿。
「まぁちょっとさっきはトラブっちゃったけど、セロは悪くないんですよ。俺がbiscord見忘れちゃっただけなんで」
視聴者からは『なんだよ』『お前のせいかw』のようなコメントが飛び交う。気が付けばセロの一瞬の炎上も煙のように消え去っていた。今後の配信に支障をきたすことはないだろう。
「それじゃとりあえず、皆さんが知りたいであろう俺の自己紹介からしていきますね。」
その後晴の配信はスムーズに行われていく。まるで初めての配信ではないかのように。晴は新人Vtuberとしてはトップのスタートダッシュを決めていた。
そしてここにも話題になっているVtuberが一人
「やぁやぁ皆さん元気〜。月詠アスカだよ~」
彼女の配信が始まった。視聴者からは配信タイトルに対する驚きと悲しみの声。
「そうだね〜まぁ気になってると思うから、早速引退する理由だけ教えるね〜。単純にやりたいことが出来たんだ……イラストレーター外でね。それをするには私がVtuberやめなきゃ都合が悪いみたいでね~」
彼女のやりたいことそれは晴を止めることなのだろう。月詠アスカが配信で見せている顔ではなく、PCに向かっている坂月明日は決意を固め覚悟を決めた眼差しを画面に送っている。
「キラが死んだ今、細かいイラストの案件を終えた私のイラストレーターとしての仕事はほぼないから。イラストも休止しようと思う。」
突然の宣言。それだけ彼女は晴を止めるために、守るために大人としてキラのイラストレーターとしての責務を果たそうとしているのだろう。
「ということで!!最後なんでゆっくりと今までの私を振り返りながら終ろうかなと思います!!」
──────これがVtuber業界の歴史が動き出す二人のVtuberの誕生と消滅
そして大人と子供、イラストレーターと弟、責任と義務、誕生と消滅………
近いようで遠い相反する二人が初めて情報戦という形で拳を交えた。
これはある男の配信内での出来事
「で、まぁまず俺の自己紹介からなんだけど……」
彼は画面を切り替える。どうやら自己紹介の資料を作ってきたようだ。
「まあ皆さん知っての通り、俺の名前は天野晴17歳っすね。学校はやめました。」
『おいw学校いかんかいw』
「え?ダイジョブなの?』
のようなコメントが飛んできたが気にせず話を続ける。
「姉の件は皆さんにはお世話になりました。自分はもう大丈夫なのでこれからよろしくお願いします!そして!今回の初配信は特別ゲストを用意して来ました!」
さっきアポを取った相手に通話をかける。これが最後の1ピース、彼が通話に出て、機械音とともに声が全世界に発信された瞬間、視聴者は驚きの心に満ち満ちていた。
『あ、どうも憂です。どうぞよろしく』
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『なるほどな、それでこの僕に頼み込んできたと……』
「今俺の配信を盛り上げられるのは憂しかいない」
この人の経歴をセロから教えてもらったからこそ頼めること。彼はイラストレーターとして活動をしている間、配信を一回も行っていない。それどころかメディアにも全く素性を明かさない。いわば伝説……と言われていたイラストレーターだ。
『そうだな、今までのお前が仕組んだ一連の流れ…見事と…言わざるを得ない。がアスカが邪魔をしてくる可能性を考えなかったのか』
明日さんが邪魔してくる可能性なんて考えないはずがない。『情報には情報を当てて分散させる』この考え方をキラに教わったのであればこちらもやることは同じというわけだ。
「だから、対抗するために憂を俺の配信に呼んで話題になるポイントをさらに積み重ねる」
『盛り上げる…なんて難しいことを言うな…こちとら配信初めてなんだが?』
「盛り上げるのは苦手か?嘘つけ…元声優志望の配信者さんよ~」
『あ、セロが言った?それはちょっと黒歴史なんだけど……』
「それじゃよろしく~」
通話が途切れた。アポを取る予定だったが、半ば無理やり憂を配信に出させる必要があったので、なげやりの形を取った。
『で、僕は何をすればいいんですか天野晴さん』
「いやちょっと待ってください…皆さん憂さんのことは知ってますよね?」
『ほんとにいたんだ…』
『神海セロのイラストレーターだよね聞いたことある』
視聴者からしてみれば憂は都市伝説級の存在だ。Vtuberの沼に入りたてではない限り殆どのVtuberオタクが彼の名を聞いたことがあるだろう。
「憂さんは今から俺が自己紹介をするので盛り上げてください」
『とりあえず適当にやって寝る』
「じゃあ自己紹介に戻ります。俺ちょっとした特技がありまして…」
Vtuber業界にとって大事なのは特技、ここをどう表現し自分をアピールするかで今後の活動のやりやすさが左右される。
「俺の特技は…」
ここで目いっぱいためを作る。全てはこの時のために用意してきたネタ。
「体を見ただけでバストサイズを当てられるところですかね!」
『おい、セロを描いた俺に喧嘩を売っているのか…セロの体は俺が一番よく知っている』
『?!』
『まさか!セロちゃんの配信のやつって……』
『wwwどっちもキモすぎでしょwwww』
視聴者からの罵詈雑言。ここでこうなるのも想定範囲内。全然痛くないよ?
「冗談っすww。『テクロス』って知ってます?」
『テクロス』プレイ人口2万人程度のそのゲームはは5、6年前に発売されたFPSゲームなのだが、あまり売れなかったためにマイナーゲームと化しているのだ。しかしここ数年にして新作『テクロス2』が発売されることで、1のときより海外のeスポーツメディアから注目が集まり、今最もeスポーツの可能性を期待されているゲームだ。
『テクロス?最近聞いたことあるようなないような』
「今一部の界隈で話題になってるやつの前作、あれ結構上手かったんですよね」
『あっ、ふーん……具体的に言うとどれくらいだ?』
憂さんの何気なく聞こえる質問。期待した通りに動いてくれる憂さんは、今回の『配信を盛り上げる』という役目をしっかりと果たそうとしてくれているのだろう。
そして俺は、満を持して答えた。
「────────総合最高ランクpt740万………まぁ世界一位ですね」