第6話
「キミは……キラにはなれないよ」
私はキラの弟である晴にそう言ったあと、晴が出て行ったこのちっぽけな部屋で責任を感じていた。
「キラが死んだ。それはわかっていたが誰かに仕組まれていたとはね。」
今の晴を止められるのは私しかいないのだ。
「頭脳戦は苦手なんだがね…キラ…力を貸してくれ」
「いーい?ママVtuberって言うのは情報戦だよ!いかに自分を知ってもらい拡散をしてもらうか。それが一番重要なの』
『いや、だから私はVtuberなんてやらないって』
『ダイジョブダイジョブ。私にかかればママを一流のVtuberにできるから。憧れてるんでしょ?Vtuber』
『いや、そうだけど…まぁやれるだけやってみようかな』
『いいね!!じゃあこれからどうやってママをみんなに広めるかっていうと……』
(セロ……考えがあるんだ。)
「と言われたものの実際はただ普通に配信してくれって、言われただけなんだよねぇ」
そうつぶやいた神海セロは『配信開始』というボタンが表示されている画面を前にしていた。あの時天野晴に言われたことを思い出しながら、神海セロは配信開始予定時刻まで彼の思惑について考えていた。
「晴に言われたことは三つだけ。まず一つは私は普段と同じようにいつもどおり配信すること。二つ目は……」
(絶対に逆凸配信をしてくれ。)
『逆凸配信』とは、生配信者が他の配信者からのコンタクトを待ちその後配信内で一定時間一対一で会話をする凸待ち配信とは違い、生配信者自身が、他の配信者に突撃し通話をしていくというVtuberの定番企画だ。
「逆凸配信……晴は何を考えて……」
そう考えている間に気が付いたら配信開始予定時刻になっていた。セロは慌てて配信を開始し、いつものように明るく軽快な挨拶から始める。
「こんなるみ~!!!セロだよ〜!!!今日は告知どおり逆凸配信をしていきま~すっっっ!!!」
逆凸配信は”突撃”とは言っても、本当に何も知らされていない人に通話をかけるのではなく、実際はその前に配信者にアポをとらなくてはならない。これはもう晴に言われたその日に予定者全員にアポを取っていた。
「よし!早速通話かけて行きたいと思いま~す!!」
トゥルントゥルン……と通話の発信音とともに逆凸配信が始まった。
『ワレワレハウチュウジンダ!!どうも宇宙ジンで~す!!』
「いや名前適当すぎるでしょ」
『いやいやワタシだって頑張って考えたんですよ~』
彼女の名前は宇宙ジン。シュガプロ所属のVtuberで、シュガプロに入った時期がセロよりも遅いのでセロの後輩というようなポジションにいる。名前が適当すぎるのは、ジンのそのめんどくさがり屋という性格からなのだろう。
宇宙服の中にはグレーの色をしたショートカットの髪型と、宇宙人のような赤く黒い眼を輝かせている。彼女のファンの名前である「調査隊」からは『ジンちゃん来ちゃー!!』『せろじんてぇてぇ』
などのコメントが流れている。
「ジンちゃんはさぁ~最近何かはまってることある?」
『ワタシは……』
二人のVtuberの会話が始まる。逆凸配信の醍醐味はテンポのよさと自由な配信内容にあるが、誰かの思いつきか急なオセロ大会が繰り広げられた。
「私に勝てると思わないでね!!」
セロはオセロの世界ランキングに入った経歴があり、彼女の頭脳はオセロの専門家達が注目するほどに平均を軽々と超えてくる。
『ワタシ絶対勝ちます!』
と意気込んでいたジンも数分後には一色に染まった盤面を見て唖然としていた。それだけでなく視聴者までもがセロの圧倒的頭脳に魅了されていた。
「じゃあ!ジンちゃん倒したから次の人行こうかなぁ…ありがとね!!!」
『アアアア、自分の星に帰ります……』
その後セロは二人……三人……と順番に予定されていた配信者に逆凸していき、オセロや雑談をし、配信を盛り上げていった。
(この時間帯…視聴者がちょうど配信時間のピークに達する頃合い。計画を実行する瞬間はこのタイミングしかない)
セロが次に逆凸した配信者は、予定されていた次の配信者ではなく……”天野晴”だった。
そこでセロが思い出したのは天野晴の三つ目の発言。
(最後は、俺にはアポを取らなかった…体でよろしくな)
「さぁ次は特別ゲストの登場です!!まぁアポ取ってないけどダイジョブっしょ!今話題の天乃キラちゃんの弟!う〜んなんて呼べばいいんだろ??まぁいいや!通話かけま~す!」
神海セロは天野晴に通話をかけ始めた。
『もしもし~天野晴ですよ~』
「!?」
驚いたのはセロだけではない。この配信を見ている視聴者からも驚きのコメントが大量に流れてくる。
本来このような本名を配信で言ってしまうというトラブルが起こることは少なくない。しかしあの天乃キラの弟の本名を今トップの人気を誇る神海セロの配信での出来事だ。話題にならないはずがなかった。
「え!?ちょっと晴!今配信してるんだけど…」
『ん?!あ~マジかぁぁ~まずいなぁ……』
このトラブルは誰の責任なのかと問われると、アポを取っていないセロの責任になる。
『炎上』しないわけがない。この一瞬だけでこの配信を見に来た視聴者は彼女の配信の同時視聴者数は歴代最高を超えていた。だけどそれだけでは終わらない。
『そうだな~この機会にもう一つ暴露しておこうかな…』
「ん?」
『セロって公式ホームページではBカップだけど実際はAだろ』
「あああああああああああああああああ!ちょちょちょちょ」
その直後プルンという音を最後に天野晴は通話を抜けた。
この出来事が起こった後の配信は、セロの持ち前のテンションの高さと対応力を生かし、どうにか乗り切ったと言える内容だった。
セロが配信を終え、いつものようにtwitterを見る。
直後────────ある一行の文字列が目に入り、彼女は「これが狙いだったのね、晴」と小さく呟いた。
『【初配信】どうも人気Vtuberの弟、俺が天野晴だ』
そしてセロが配信を終えたこのタイミングこそが一番他のVtuberの配信に移動するタイミング。つまりこれが俺のデビューの絶好のタイミングというわけだ。
────────しかし。それと同時にセロはもう一つのツイートを目にする。そのツイートは晴の初配信と同じくらい注目され、視聴者がだんだんとそちらの方に流れている。そう……晴の作戦は失敗した。
「はぁ、甘いんだよな~弟クンは。キラの方がもっと賢くてもっと狡猾でもっと視聴者を惹きつけていたよ」
彼は忘れていた。キラと活動を共にしていたある人を……。
『【最後の配信】月詠アスカ、Vtuberを引退します』