第8話 緑の旅団
レイカさんと仲間になった私は、イーストシティでサクヤさんと合流した。
「えーと……なんで少し前まで私たちを殺そうとしていた人が仲間になってるの?」
サクヤさんが困惑気味に聞いてきた。レイカさんは黙ったまま目を逸らしている。
「レイカさんが正義の味方だからです」
私は胸を張って答えた。
「ごめん、よく分からない」
サクヤさんは頭を抱えている。事実を率直に言ったつもりなのだが。
「……レイカさんは悪人ではありません。運び屋を狙っていたのも、盗まれたアイテムを持ち主に返すためです」
私の後ろには、空になった荷車が置かれていた。サクヤさんと合流するまでの間、アイテムを持ち主に返して回っていたのだ。
アタゴが運んでいたアイテムは、商会が密かに盗賊から買い取ったものだった。商会としては、盗品の取引を行っていたことを公にしたくないはずだ。私たちがアイテムを持ち主に返却したとしても、商会が口出ししてくることはないだろう。
「サクヤ……お前は対人戦にあまり慣れていないみたいだな」
私の後ろで腕を組んでいたレイカさんが口を開いた。
「カスミから大体の事情は聞いている。本気でレグナントのことを調べるつもりなら、プレイヤーとの戦い方も覚えておいた方がいい」
「そんなこと……」
サクヤさんは言葉を濁した。彼女は他のプレイヤーと戦うためにログインしたわけではない。しかし、ブルーアースは既に無法地帯と化しつつある。今後は戦いを避けられない状況も増えていくだろう。
「今のブルーアースには悪意を持った人間が大勢いる。自分の身を守る方法ぐらいは覚えておくべきだ」
「……分かったわ。レイカさん、よかったら私に戦い方を教えてくれる?」
「ああ、構わないぞ。ライフルは使い方次第で強力な武器になるからな」
思いの外レイカさんはサクヤさんに優しく接していた……やはり本物の女性同士の方が気兼ねなく接することができるのだろうか。
「あの、少しいいかな……」
私たちが話している最中、一人の男性PCが近づいてきた。先ほど私たちからアイテムを受け取ったプレイヤーだ。
「さっきはアイテムを届けてくれてありがとう。僕は『緑の旅団』というギルドに所属しているんだ。団長に君たちのことを話したら、『是非ともお礼がしたいから連れてきてほしい』と言われたんだよ」
緑の旅団は、イーストシティで初心者プレイヤーを支援しているギルドだ。旅団とは名ばかりで、実際は行き場を失ったプレイヤーの溜まり場といったところらしい。
「そんな暇はないんだがな……」
レイカさんは面倒くさそうな態度を見せた。お礼と言われても相手は初心者ギルドだ。大した返礼は期待できない。
「頼むよ、団長は君たちに何か大事な話があるみたいなんだ」
「……話を聞くだけだぞ」
レイカさんは、しぶしぶ応じた。彼女は弱い立場の人間から頼まれると断れない性分らしい。
私たちは緑の旅団のギルドハウスへと案内された。広間には、盗賊の被害者と思しきプレイヤーが何人も見受けられた。団員たちは意気消沈しており、活気があるとは言いがたい雰囲気だ。
「ようこそお越しくださいました」
団員たちの中から、白いローブを着た長身の男が出てきた。
「私の名前はロンド。緑の旅団の団長を務めております。団員たちから、あなた方にアイテムを取り戻していただいたと伺いました。旅団を代表して皆様にお礼を申し上げます」
ロンドは深く頭を下げた。
「そんなことはどうでもいい。私たちに話したいことがあると聞いたが?」
レイカさんは訝しむように言った。
「……仔細は私の部屋でお話いたします。どうぞこちらへお上がりください」
ロンドは私たちをギルドハウスの団長室へと案内した。一人で使うには随分広い部屋だ。テーブルの上にはイーストシティの周辺地図が広げられている。
「こんなところまで連れてきて、一体何が目的だ?」
レイカさんがロンドを問いただした。
「実はあなた方の力を見込んで、お願いしたいことがあるのです」
「お願い……ですか」
アタゴの一件があった後なので、私には他人からの頼みを受けたくないという気持ちがあった。
「最近、イーストシティで盗賊が蔓延っていることはご存知でしょう。旅団でも大勢の被害者が出ています。そこで、あなた方に盗賊団の討伐を依頼したいのです」
「盗賊団の討伐だと?」
レイカさんが目の色を変えた。
「私は盗賊の被害にあった団員たちの証言をもとに、奴らのアジトを突き止めたのです」
「アジト? 盗賊団が身を隠せる場所があるというのか」
「この街の北西に大型モンスターを迎撃するための砦が存在します。本来はレイドボスとの戦闘イベントで使用する施設なのですが、奴らはそこを不当に占拠し、自分たちのねぐらとして使用しているのです」
ロンドはテーブルの上の地図を指して言った。現時点ではレイドボスとの戦闘イベントは開催されていない。ベータテストが本来の予定通りに進んでいれば、目玉イベントとして実装されていたのだろう。
「砦か……厄介な場所だな」
「ええ、周囲は防壁で囲まれている上、敵を迎撃するための防衛設備まで用意されています。正面から打ち破るのは容易ではありません」
砦には、大型モンスターとの戦闘を想定した大砲や火炎放射器までもが設置されている。これらの防衛設備はモンスターだけではなく、プレイヤーに対しても使用が可能なのだ。
「盗賊団が身を隠すには絶好の場所というわけか」
「私も腕に覚えがある団員たちを連れて奴らに戦いを挑んだのですが……結果は惨敗でした。危険な戦いになるとは思いますが、どうか引き受けていただけないでしょうか」
ロンドは頭を下げて懇願した。
「……引き受けるのは構わない。だが、盗賊団を倒したとしても、奴らはリスポーンポイントで復活してしまう。根本的な解決にはならないだろう」
レイカさんの言う通りだ。たとえ盗賊団を全員キルしたとしても、復活して再び悪事を働くことは目に見えている。
「それは承知の上です。盗賊たちを一度倒して、懲らしめてほしいのです。あなたたちのようなプレイヤーがいることを知れば、奴らも考えを改めるかもしれません」
「考えを改める? 希望的観測だな」
レイカさんは吐き捨てるように言った……彼女はこれまでにも大勢の悪人をキルしてきたはずだ。その中に改心した人間が、いったい何人いるというのだろうか。
「あなたの言う通りかもしれません……正直なところ、私はどうしても奴らを許すことができないのです。プレイヤー全員がログアウトできなくなるという非常事態において、他のプレイヤーを襲い、アイテムを奪うなど、人としてあるまじき行為だ」
ロンドは手を震わせながら盗賊たちを非難した。
「お前の言いたいことは分かる。だが、非常時こそ人間は悪意に染まりやすい。それもまた事実だ」
「そうでしょうか……私はこんなときだからこそ、人は寄り添わなければいけないと思うのです。人は一人で生きていくことはできない。お互いに助け合って生きていかなければならないはずです」
ロンドは感傷的な語り口でそう述べた。初心者ギルドの団長としては、その考え方は間違っていないのだろう。しかし、盗賊団の存在を知った後では、空虚な理想論にしか聞こえなかった。
「……レイカさん、いくらあなたでも盗賊団の砦に正面から戦いを挑むのは危険です。私に一つ策を講じさせていただけないでしょうか」
私はレイカさんに進言した。本来であれば、ロンドの依頼を引き受けるメリットは皆無に等しい。しかし、レイカさんは一人でも盗賊団に戦いを挑んでしまうのだろう。
「策だと? いったい何をするつもりだ」
「盗賊団の砦は大型モンスターとの戦いを想定して築かれたものです。人間一人だけであれば潜入も可能なのでは?」
「……単独で砦に忍び込むつもりか」
レイカさんは私の意図を察してくれたようだ。
「ええ、私が砦に潜入して内部に爆薬を設置してきます。爆薬で砦の防衛設備を破壊してしまえば、奴らは丸裸も同然……後はレイカさんが砦に攻め込めば、盗賊団を討ち取ることなど造作もないでしょう」
「素晴らしい作戦だ……爆薬の手配は団員たちに手伝わせましょう」
私の立てた作戦を聞いてロンドは手を打った。
「カスミ、一人で砦に潜入するなんて危険よ。せめて私も一緒に……」
サクヤさんが不安を口にする。だが、彼女を連れて行くわけにはいかない。
「サクヤさん、盗賊団に発見されるリスクを減らすためには、私が単独で行動するべきなんです……ロンドさん、砦の守備が手薄な箇所は分かりますか?」
「ええ……砦の西側に物資搬入口があります。盗賊たちは東側の正門の防御に注力しているようなので、西側からなら単独での潜入も可能かと」
ロンドは地図を指しながら、西側からの潜入ルートを提示した。
「ありがとうございます……私は砦の西側から潜入するので、レイカさんはサクヤさんと一緒に砦の東側で待機していてください」
「本当に一人で行くつもりか?」
レイカさんが念を押してくる……戦うのは私一人ではない。レイカさんとサクヤさんの力を借りなければ、盗賊団に勝つことはできない。
「大丈夫ですよ……私が爆薬を起爆したらレイカさんは正門から砦に突入してください。盗賊たちが混乱に陥っている間がチャンスです」
私たちは作戦の準備に取り掛かる……いや、もう既に作戦は始まっていたのだ。




