第7話 銀の殺し屋
「すまん、スタミナがそろそろ尽きそうだ。この辺りで休憩にしよう」
日も落ちた頃、アタゴは息を切らして、その場に座り込んだ。荷車を引いて移動するには、かなりのスタミナを消費するはずだ。道中でスタミナを回復させる必要があった。
「無理な注文をつけて悪かったな。商会には逆らえない立場なんだ」
アタゴは干し肉をかじりながら言った。
「アタゴさんは、なぜ運び屋になったのですか?」
ブルーアースに職業システムはない。わざわざ運び屋を名乗ってまで、アイテムを運ぶのには理由があるのだろうか。
「……ブルーアースに閉じ込められて、途方にくれていたところを商会に拾われたんだ。俺はどうにも勇者とか戦士は向いてないみたいでな。運び屋で生計を立てるしかなかったんだ」
「そうでしたか……」
今のブルーアースは、もはやゲームとは呼べなくなっている。プレイヤーは生きるだけでも必死なのだ。
「アンタたちも大変だったんじゃないか? 女二人だけじゃ危ない目にあうこともあっただろ」
「そうでもないわよ……」
サクヤさんが私の方を見ながら呟いた。女は一人しかいないと言わんばかりの視線を向けられ、私は何も言えなくなってしまった。
「そろそろ出発しよう。納期が遅れると文句を言われるだけじゃ済まないからな」
休憩を終えたアタゴが立ち上がる――同時に切り立った岩壁の上から何者かが現れた。
「誰だ!」
私の目には、月の光を背にした戦士のシルエットが映っていた。その手には、銀色に輝く槍が握られている。
「銀の殺し屋……」
アタゴは震えながら戦士をそう呼んだ。渾名の由来たるショートカットの銀髪が見る者に戦慄を与える。
「わざわざ街道を避けて進んだのが仇になったな。自分から後ろめたいことがあると言っているようなものだ」
銀の殺し屋の声が響いた。しかし、その声は殺し屋という渾名には似合わない、透き通るような女性の声だった。
「銀の殺し屋……私たちに何の用です」
「決まっている。お前たちを殺しにきた」
銀の殺し屋ははっきりと答えた。彼女が手にしている銀の槍は、明らかに上位クラスの武器だ。私やサクヤさんが装備している初心者用の武器では太刀打ちできるはずもない。
「あなたは上位クラスのプレイヤーとお見受けした。なぜ野盗のようなことを行う必要があるのです」
私は銀の殺し屋に問いかける。彼女には私たちを狙う理由があるはずだ。
「お前……そこにいる男が何を運んでいるのか知らないのか? そいつが運んでいるアイテムは、全て他のプレイヤーから盗まれたものだ」
――盗まれたアイテム?
私が振り返ると、アタゴは青ざめた表情を見せた。
「お、俺が盗んだわけじゃない。俺は商会の指示でアイテムを運んでいるだけだ!」
アタゴが運んでいたアイテムは、盗賊が他のプレイヤーから奪った装備品だったようだ……積荷から金属音が聞こえた時点で気づくべきだった。
「悪事に加担したことに変わりはないだろう?」
銀の殺し屋がアタゴを問い詰める。
「仕方ないだろ! 俺は商会には逆らえないんだ!」
「嘘だな……高額な報酬に釣られて、盗品の輸送に手をつけたんだろ」
「ち、違う! 俺は悪人じゃない、殺される理由なんてないんだ!」
狂乱したアタゴは荷車を置いて逃走を始めた。
「待て、離れるんじゃない!」
動揺したアタゴは、私の言葉も聞かずに離れていく。このままでは孤立してしまう。
「逃げられると思うのか……」
銀の殺し屋は岩壁の上から飛び上がり、アタゴに向けて槍を投擲した。
「ぐあああ!」
投擲された槍がアタゴの背中を貫いた。アタゴは串刺しになったまま死亡した。
「ひっ……」
アタゴの死体を目にしたサクヤさんは、恐怖の表情を浮かべて硬直した。PCは死亡しても復活できるが、「死の痛み」から逃れることはできない。想像を絶する苦痛こそがブルーアースにおけるデスペナルティなのだ。
「次はお前たちの番だ」
銀の殺し屋は槍を拾い、私たちに向かって近づいてくる。
「銀の殺し屋、私たちは盗品の取引には関与していません。あの男からは護衛を依頼されていたに過ぎません」
アタゴの護衛に失敗してしまった以上、私たちには戦う理由が残っていない。あとは銀の殺し屋が見逃してくれることを期待するしかなかった。
「そうか、ではお前たちも共犯者だ。死んでもらおう」
「……!」
銀の殺し屋は槍を構え、サクヤさんに飛び掛かった。私は咄嗟に抜刀術を発動させ、すんでのところでサクヤさんに向けられた槍を防ぐ。
「逃げろ! サクヤさん!」
「カスミ……」
「頼む――逃げてくれ!」
無我夢中で叫んだ。
死んでも復活するんだから気にしなくていい?
どうせ他人なんだから気にかける必要はない?
――嫌だ! 私はサクヤさんが傷つくところも、殺されるところも見たくない!
「私が相手だ、銀の殺し屋!」
私は、逃げていくサクヤさんを背にしながら、打刀の切先を銀の殺し屋に向けた。
「根性はあるようだな。だが、それだけでは勝てない」
その通りだった。
銀の殺し屋は槍のリーチを活かし、打刀の攻撃範囲外から攻めてくる。抜刀術を発動させても、反撃することはできない。接近して斬りつけようにも、素早い動きで槍だけが届く距離をキープしてくる。更にこちらにはスタミナの消耗が大きい行動を誘発させ、自身は最小限の動きで攻撃を加えてくる。武器の強さだけではない、戦闘のセンスも一流だった。
到底勝てる相手ではない。今できるのはサクヤさんが逃げる時間を稼ぐことだけだった。
「どうした? 足元がふらついているぞ」
「くっ……!」
スタミナを消耗し過ぎた。打刀を握る手に力が入らない。このままでは戦闘の続行は不可能だ。
……どの道殺されてしまうことは明確だ。私は刺し違える覚悟で、銀の殺し屋に斬りかかった。
「つまらないことをするな」
だが、私の打刀は銀の槍で容易く弾き飛ばされてしまった。武器を失っては戦うことはできない。
素手で奇襲をかける?
残っている鞘で殴りかかる?
だめだ……勝つ方法が思いつかない。
私は銀の殺し屋の前に膝をつき、彼女の顔を見上げた。
PCの名前はレイカ――見た目は銀髪の小柄な少女だが、顔つきは凛としていて、琥珀色の瞳には燃えるような闘志を宿していた。
「一つ聞きたい、なぜライフル持ちを逃がした?」
レイカが尋ねてきた。得物の銀の槍は、私の喉元に突きつけられている。
「彼女が傷つけられるのが嫌だった……」
私は素直にそう答えていた。先ほどまで本気で戦っていたにも関わらず、私はレイカに憎しみを感じていなかった。
「それで私を反対方向へ誘導したのか……お前のようなプレイヤーは初めてだよ」
私は無意識の内に、サクヤさんが逃げた方向とは反対側にレイカを誘導していた。レイカはそのことに気づいていたようだ。
「私からも、あなたに一つ尋ねたいことがあります」
「なんだ?」
私はかすかな希望を胸に彼女に問いかけた。
「あなたは正義の味方か?」
「……は?」
レイカは呆気に取られていた。
「あなたが運び屋を襲ったのは、アイテムを奪うためじゃない。盗賊に奪われたアイテムを持ち主に返すためだ……違いますか?」
「……」
私の指摘を受けて、レイカは黙り込んだ。
「それに、あなたのPCからは悪意を感じない。ブルーアースのAIはプレイヤーの心が望んだPCを生成するんだ。あなたの姿はまるで……」
「もういい」
レイカが遮った。
「私が正義の味方だったら何だというんだ?」
「あなたに私の……私たちの仲間になってもらいたい」
「なんだと?」
「私たちは、ブルーアースから脱出するためにレグナントの情報を集めています。あなたが正しき心の持ち主ならば、私たちの力になってほしい」
レイカは私の目をまっすぐに見つめていた。
「……いいだろう」
「本当ですか!」
私は喜びの声を上げた。やはりそうだ、彼女は……レイカさんは悪人ではなかった。
「だが、お前たちが悪意を持った人間だと分かれば、その場で殺す。何度でもだ」
「……心得ておきましょう」
彼女が殺し屋と呼ばれる理由が分かった気がする。彼女は悪人を断罪する狩人なのだ。
「ところで、さっきから気になっていたんだが……お前、男か?」
「え……」
レイカさんがとんでもないことを言い出した……間違ってはいないけど。
「私がライフル持ちを攻撃した時から、演技するの忘れてただろ」
「あー……」
普段から演技なんてしてるつもりはない。だが、サクヤさんを守ろうとしたときは必死だったので、自分の内面がむき出しになっていたのかもしれない。
「『ブルーアースのAIはプレイヤーの心が望んだPCを生成する』と言っていたな。お前は何を望んでそんな姿になったんだ?」
「……現実の自分とは違う『私』と言えば伝わるでしょうか?」
「そういうことか……」
レイカさんは私の心情を察したらしく、それ以上は追及しなかった。
「とりあえず、運び屋が残していった荷物を運ぶのを手伝え。話はその後だ」
「分かりました。これからよろしくお願いしますね、レイカさん」
私が笑顔で答えると、レイカさんは何故か嫌そうな顔をした。
「その演技、ネカマっぽいぞ」
「えぇっ!?」
私はブルーアースにやってきて、初めて自分が恥ずかしいと感じてしまった。




