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第59話 GAME OVER

 窮地に陥った私たちの前に銀の槍を携えた戦士が現れた。戦士は銀の槍を振るい、悪意の傀儡(かいらい)たる騎士どもを一撃のもとに絶命させた。


「な、なんだ!?」

「銀色の戦士……」


 銀の鎧を身に纏い、正しき心を内包するその戦士の名は――


「レイカさん……来てくれたんですね!」

「久しぶりだな、カスミ」

「レイカって……アンタが銀の殺し屋(シルバーマーダー)なのか!?」


 アイラさんが驚きの声を上げた。まるで神話の英雄に邂逅(かいこう)したかのような反応だった。


「古い呼び名だ……私が殺し屋に戻る日が来るとは思っていなかったよ」


 レイカさんは現実世界に帰還した後、学生として歩むはずだった自分の人生を取り戻そうとしていた。彼女は人間として生きるために、ブルーアースでの記憶を封印していたのだ。


「ごめんなさい、レイカさん。またあなたを戦いに巻き込んでしまうだなんて……」

「気にするな、私はこんな形でしか役に立てない人間だからな」


 レイカさんの銀の槍は、同カテゴリーの最上位武器である「誅罰の銀槍」へと強化されている。まさしく鬼に金棒であった。


「よくも私の親衛隊を……アンタを血祭りに上げてやる!」


 リミカは残っていた親衛隊に指示を出し、騎士たちのヘイトをレイカさんへと向けさせた。騎士たちがレイカさんに向けて突撃してくる。


「レイカさん、危ない!」

「心配するな、応援に来たのは私だけじゃない」


 次の瞬間、空気を震わす轟音が響いた――対物ライフルの銃声だ。撃ち抜かれた騎士の鎧が粉々に砕け散る。立て続けに銃声が鳴り響き、レイカさんに向かってきた騎士たちは(ことごと)く粉砕された。


「この銃撃はまさか……」


 私が後ろを振り向くと、そこに長髪の少女が立っていた。かつてボルトアクションライフルすら扱えなかった少女は、騎士の鎧をも無力化する対物ライフルを構えていた。


「サクヤさん……」

「カスミ……私との約束を破ったわね」


 サクヤさんは、約束を破った私を責めてきた。本来であれば私たち(・・・)は再会してはいけなかったのだ。


「ごめんなさい、サクヤさん。でも今は――私にはやらなければいけないことがあるんです」

「分かってるわよ……早く終わらせて現実世界に帰ってきてちょうだい」


 たとえ世界が変わろうとも、彼女は私の一番大切な人だ――


「分かりました……必ずあなたのもとへ帰ります」


 私はサクヤさんを背にリミカへ立ち向かう。いつだってそうだ……私には支えてくれる仲間がいる。どんな困難にだって負けることはない!


「カスミ、親衛隊の相手は私たちに任せろ。お前はレーヴァテインを確保するんだ」

「レイカさん……分かりました。レーヴァテインは私たちが押さえます」

「行こう、カスミ!」


 私はアイラさんと共にリミカに向けて突撃した。私たちの狙いに気づいた騎士たちが行く手を阻む――


「邪魔はさせないよ!」


 ミントさんがハンドキャノンを騎士たちに向けて撃ち込んだ。放たれた大口径の弾丸が騎士たちを吹き飛ばし、私たちの進路を切り開いた。


「リミカ、抵抗をやめてレーヴァテインを渡すんだ!」


 リミカに肉薄したアイラさんが叫んだ。


「ただの人間のくせに……馬鹿にしないでちょうだい!」


 リミカはレーヴァテインでアイラさんに斬りかかった。その黒い刀身にはリミカの妄執が込められていた。


「くっ!」


 アイラさんは咄嗟(とっさ)に防御しようとするが、レーヴァテインによってレーザーブレードを破壊されてしまった。いかに強力な武器を装備しても、あらゆるデータを破壊するレーヴァテインの前では無力なのだ。


「このまま、あなたを消してあげるわ!」

「うわあっ!」


 狂気の表情を浮かべたリミカがアイラさんに襲いかかる。アイラさんはレーヴァテインをすんでのところで(かわ)すが、武器を失っては反撃することもままならない。


『まずいぞ……サーバー内のPCはBCSを通じて君たちの精神に繋がっている。レーヴァテインでPCのデータを破壊された場合、君たちの精神そのものも破壊される可能性がある!』


 レーベンは焦っていた。ハッキングの対策を行うことはできても、BCSの仕組みそのものを変えることはできない。私たちの分身であるPCがレーヴァテインによって破壊されることは、文字通り死を意味していた。


『これ以上の戦闘継続は危険だ……アイラ、今すぐログアウトするんだ!』

「嫌だ! 私はリミカを止めるって決めたんだ。ここまで来て逃げることなんてできない!」

『しかし……!』


 精神が破壊される危険を顧みず、アイラさんはリミカを説得しようとしていた。だが、狂気に囚われたリミカに彼女の想いは届いていなかった。


「大人しく逃げていればいいものを……その愚かさを身をもって知りなさい!」


 リミカがアイラさんに向けてレーヴァテインを振りかぶった。万物を破壊する凶刃がアイラさんに迫る――


「そうはさせない!」

「チッ……」


 私はリミカとアイラさんの間に割り込んだ。リミカは抜刀術を警戒して私から距離を取る……リミカは、宗太郎がレーヴァテインを奪われた時のことを知っているのだ。


「リミカ……私はお前を消すつもりはない。だが、お前が宗太郎のように人類の脅威となるのであれば話は別だ」

「カスミ……あなたは恩知らずよ。宗太郎はあなたのような現実に絶望した人間を救うためにブルーアースを創り出したのよ。それなのにあなたは宗太郎を消してしまった。あなたは宗太郎の思いを踏みにじったのよ!」


 リミカにとって宗太郎は創造主なのだ。私に憎しみを向けるのは当然のことだろう。だが、私は宗太郎の行為を――存在を許すわけにはいかなかった。


「宗太郎はプレイヤーたちの精神を奪い、ブルーアースに永遠に閉じ込めようとしていた。抜け殻になった現実世界の私たちのことなど顧みていなかったんだ。奴の行為は人が人であることを否定するものだ。その行いは決して許されるものではない」


 宗太郎は最後まで現実と向き合うことができなかった。あの男は世界を否定してまで現実から逃げようとしていたのだ。


「何を偉そうに……私は現実世界のアンタが何の価値もない人間だってことを知っているのよ」

「そうだな、現実世界の私は何の価値もない人間だ。だが、生きることに絶望などしていない。人として生きることに誇りを持っている。だから現実世界を守るために戦うことができるんだ!」


 私は左手に鞘を握り、リミカに向けて突進した――対するリミカはレーヴァテインを右の腰に構える。接近する私を迎撃する構えだ。

 レーヴァテインに対抗するには、私が破壊される前にリミカを戦闘不能に追い込むしかない。攻撃の軌道を予測できる青の麗刀であれば、レーヴァテインが届くよりも先にリミカ本体を抜刀術で攻撃できるはずだ――


「馬鹿ね! 宗太郎の時のようにはいかないと言ったでしょう!」


 だがリミカは私ではなく、私の打刀を狙ってレーヴァテインを振り上げてきた。抜刀術そのものへのカウンター攻撃だ。


(攻撃の軌道が読めない!?)


 リミカは青の麗刀の特性を理解していた。システムにハッキングを行い、自身の攻撃の軌道を隠蔽してきたのだ。


「武器に頼り過ぎなのよ!」


 レーヴァテインの刀身がかち合った瞬間、青の麗刀は破壊されてしまった。武器を失っては身を守ることはできない!


「宗太郎に代わってアンタを消してやる! 消えろ! ブルーアースのカスミ!」


 無防備になった私に向けて、リミカがレーヴァテインを振り下ろしてくる――



「まだだ! まだ私は消えるわけにはいかない!」



 私は左手に残っていた鞘をリミカの鳩尾(みぞおち)に向けて打ち込んだ。レーヴァテインを振り上げていたリミカの胴体はガラ空きになっていた。


「うぐあぁぁっ!!」


 リミカにはリミカ自身が気づいていない弱点があった。それは彼女が「人間」として設計されていたことだ。リミカの身体には鳩尾という人間の急所までもが再現されていたのだ。


「ぐううっ……」


 鳩尾を突かれたリミカは痛みに耐えかね、レーヴァテインを落としてしまった。


「これは……これは私の物よ……」


 リミカはうずくまりながらもレーヴァテインを掴もうとする。だが、リミカがレーヴァテインを手にするよりも先に、アイラさんがレーヴァテインを拾い上げた。


「リミカ、ごめん……」

「アイラ……」


 アイラさんは悲壮な表情でレーヴァテインの剣先をリミカに向ける。リミカはうずくまったまま、ただアイラさんを見つめていた。


『……カスミ、こちらでシステムのコントロールを掌握した。リミカはこれ以上モンスターを召喚することができないはずだ』

「残っていた親衛隊も全員倒したぞ……今度こそチェックメイトだ」


 親衛隊を倒したミントさんたちが、リミカのもとに向かってくる。


「これまでのようね……」


 リミカはそれ以上抵抗する素振りは見せなかった。


「アイラ、私を消してちょうだい」

「リミカ……」

「最初から分かっていたわ……私は失敗作なのよ。余計なことをしてみんなに迷惑をかけるだけの存在。挙げ句の果てに、あなたを人殺しにしようとした。私はあなたに消されなくてはならないのよ」


 リミカは不幸な存在だった。彼女は新しい人類として生み出されながら、人間として生きるために必要なルールすら知らされていなかったのだ。


「違う……」

「え……」

「仮想世界で生まれたお前は一人ぼっちだった。だからみんなに注目されようとしてバーチャルタレントになったんだ」

「……」


 リミカは目を伏せたまま、何も答えなかった。彼女がバーチャルタレントとして活動していたのは、純粋に人々から注目されたいという気持ちからの行動だった。


「私と友だちになりたいって言ってたじゃないか。本当は人間と仲良くなりたかっただけなんだろう?」

「でも、私のせいであなたは……」

「もういいんだ……私の心に悪意があったことも事実だ。お前だけの責任じゃない」


 アイラさんはレーヴァテインを捨て、リミカの身体を抱きしめた。


「ごめんなさい、アイラ……あなたが私を許してくれても、私は私を許すことができない。私はこの世界に存在してはいけないのよ」

『そんなことはない』


 レーベンがリミカに語りかける。


『君には人間としての自我がある。私は、仮想世界の住人である君の存在を否定するつもりはない』

「でも、現実世界の人々は私の存在を許してはくれない。私のことを知れば、危険な存在として抹消しようとするに違いないわ」


 イマジノイドの存在が公になれば、世間に混乱が生じることは明白だ。ましてイマジノイドが宗太郎によって創り出されたことが知れ渡れば、リミカを敵視する人間が現れることは必然だった。彼女は現実世界の人間を恐れていたのだ。


『では、君は我々メタバース管理局が保護しよう。自由にネットワークを移動することはできなくなるが、君の存在を守ることを約束しよう』


 レーベンは、イマジノイドであるリミカの存在を守ろうとしていた。イマジノイドに人間としての自我が宿っているのであれば、贖罪(しょくざい)の機会を与えるべきだと考えたのだ。


「本当にそれでいいの? 私のせいで人が死んでいたかもしれないのに」

『君の存在によって事件が引き起こされたのであれば、誰かが君を監視しなければならない。その役割を担うのが我々メタバース管理局なんだ』

「分かったわ……あなたの言うとおりにする」

「ありがとう、レーベン! リミカを守ってくれるんだね」


 管理局によるリミカの保護が決まり、アイラさんは喜びの声を上げた。


『そうだ、彼女のことは我々に任せてほしい』


 その後、私たちはリミカの保護をメタバース管理局の職員に任せ、ブルーアースをログアウトした。


 ……ブルーアースをログアウトすると「カスミ」はいなくなる。そこにいるのは現実世界の「僕」なんだ。

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