第58話 ブルーアースオフライン
あらゆるネットワークをハッキングできるリミカは、仮想世界において無敵の存在なのかもしれない。だが、彼女は私たち――人間の力を甘く見ていた。
「私を罠にかけた? ……ふん、お得意のハッタリをかますつもりね。残念だけど宗太郎の時のようにはいかないわよ。ブルーアースのコントロールは私が握っているんだから」
『果たしてそうかな?』
部屋全体にレーベンの声が響いた。レーベンはサーバーの外部からブルーアース内の状況をモニターしていたのだ。
「その声はレーベンね……宗太郎の足元にも及ばないあなたに一体何ができるというの?」
『ブルーアースのネットワーク接続を遮断させてもらった。現在この世界は完全に隔絶されている。もう君はここから出ることはできない』
「なんですって!?」
リミカは仰天した。彼女は自身のハッキング能力を過信していた。いかに高度なハッキング能力があろうと、ネットワークとの接続を遮断されては身動きできないのだ。
『ようやく気づいたか。君がレーヴァテインを確保するためにブルーアースに侵入することは分かっていた。カスミたちが時間を稼いでいる間に私がサーバーを外部から遮断したんだ』
「そんな……そんな馬鹿なことが……」
「リミカ、宗太郎が創り出したあなたなら分かっているでしょう? ブルーアースは精神データを保存するために作られた牢獄……一度閉じ込められてしまえば自力で脱出することはできない!」
ブルーアースのプレイヤーたちが現実世界に帰還することができたのは、プレイヤーたちを救おうとした現実世界の人々のおかげだ。外部からの助けを得ることができないリミカには、ブルーアースを脱出する術は存在しなかった。
「デタラメを言わないでちょうだい! カスミたちはブルーアースにログインしたままじゃない。サーバーが外部から遮断されたなんて真っ赤な嘘よ!」
「リミカ……君は知らないのか? ネットワークを利用せずに他の人とゲームを遊ぶ方法を」
ミントさんがすました顔で言った。ブルーアースはあくまでゲームだ。リミカは肝心なことを見落としていた。
「ネットワークを利用せずに……そんな方法あるわけないでしょ!」
「ゲーム機に複数のコントローラーを接続すれば、その場でマルチプレイができるんだよ。そんなことも知らないんだな」
アイラさんは呆れ顔でマルチプレイの方法を説明した。もっとも、イマジノイドであるリミカに「ゲーム機」という概念は馴染みのないものだったかもしれない。
「まさか、あなたたちは……」
「そうです、ブルーアースのサーバーと私たちのHMDを有線で物理的に接続したんです」
「ネットワークが利用できなくても、私たちは一緒に戦うことができるんだよ!」
私たちは、ブルーアースのサーバーが保管されていたソムニウム社の研究施設で直接HMDを装着していた。三人のHMDをサーバーに直接接続することで、オフライン状態のブルーアースにログインすることが可能になったのだ。
「……この程度で勝ったつもり? 私のブルーアースのシステムをコントロールする能力は失われていないわ。親衛隊にアンタたちを殺させて、ネットワークを再接続してやる!」
リミカは血相を変えて親衛隊に攻撃の指示を出した。騎士たちが怒涛の勢いで襲いかかってくる。
「おっと、怒らせてしまったようだ」
「ちょっと! 今の武器のままじゃ流石にキツイよ!」
「レーベンさん! データの解析はどうなっていますか?」
『……待たせたな。こちらは武器データの解析が完了したところだ。これで君たちの武器をアップグレードできる』
研究施設にいるのは私たちだけではない。レーベンも直接ブルーアースのサーバーを解析し、システムのコントロールを奪い返そうとしていたのだ。
「馬鹿な……私が制御しているブルーアースでそんなことできるわけがない!」
『システムをコントロールできるのが自分だけだと思うなよ!』
レーベンのコントロールによって私たちの武器がアップグレードされる――私が手にしていた打刀は青い光を発する霊剣へと姿を変えた。
「青の麗刀……」
「うわっ、私の大剣がレーザーブレードに進化してる!」
「リボルバーがハンドキャノンに変わった……!」
『その武器なら親衛隊に対抗できるはずだ』
レーベンはサーバーに保存されていた未実装データの中から最強の武器を選び、私たちの装備データを書き換えたようだ。
「許さない……ブルーアースのデータを改ざんするだなんて!」
レーベンの予想を覆す行動に、リミカは怒りをあらわにした。ブルーアースで生まれた彼女にとって、それは屈辱的な行為だったのかもしれないが……
「お前がそれを言える立場かよ!」
「呆れてものも言えないね……」
「リミカ、あなたの身勝手な行いもここまでです!」
私たちは新たな武器を手に親衛隊を迎え撃つ。前衛のアイラさんは、レーザーブレードで迫りくる騎士たちを薙ぎ払った。光を帯びた巨大な刀身は、騎士たちの鎧をやすやすと溶断した。
「この武器、凄い威力だ!」
「アイラ、油断しちゃだめだよ」
アイラさんの頭上から騎士たちが飛びかかってくる。身体能力が強化された騎士たちは、鎧を身に纏ったままでもバッタのように宙を飛ぶことができるのだ。
「こいつを喰らえ!」
ミントさんは上空の騎士たちに向けてハンドキャノンを発砲した。ハンドガンサイズの武器とはいえ、実際は小型の戦車砲だ。耳をつんざく砲撃音が鳴り響き、射線上の騎士たちは鎧諸共バラバラに砕け散った。
「これは探偵の使う武器じゃないね……」
ハンドキャノンを発砲したミントさんに、親衛隊がヘイトを向ける。リロードの隙を突いて攻撃するつもりのようだ。
「カスミ、フォロー頼んだ!」
「任せてください!」
ミントさんがハンドキャノンのリロードに入ると同時に、周囲の騎士たちが一斉攻撃を仕掛けてきた。私はミントさんを庇い、抜刀術の構えを取る。
(なんだこの武器は?)
鞘を握った瞬間、敵の攻撃の軌道を感じ取ることができた。この武器ならば……
私は抜刀術を発動させ、正面の騎士を真一文字に斬り裂いた――続けざまに打刀を振り下ろし、近い位置の敵を連続で斬り伏せる。
青の麗刀はカウンターに特化した打刀だった。敵の攻撃の軌道を読み取り、相手が動くよりも先に斬撃を浴びせることができるのだ。
「こいつで最後だ!」
私は、親衛隊の最後の一人を袈裟斬りにした。気づけば、辺り一面に騎士たちの残骸が散らばっている。最強のモンスターといえど、私たちが力を合わせれば倒せない敵ではなかった。
「親衛隊は片付けたぞ!」
「これで形勢逆転だね」
「リミカ、もう一度言います。罪を認めて降伏しなさい」
私は打刀の切先をリミカに向ける。ネットワークを遮断された以上、リミカに逃げ場は残っていない。後はレーヴァテインを奪い取れば、私たちの勝ちだ。
「……その程度で勝ったつもり? システムのコントロールは私が掌握してるのよ。あなたたちに勝ち目なんてないんだから」
リミカが再び指を鳴らすと、倒したはずの親衛隊が復活してしまった……いや、それどころか先の倍以上の騎士たちが私たちを取り囲んできた。
「無駄な足掻きはやめなさい。私は何人でも騎士を召喚することができるのよ。あなたたちのスタミナはいつまで持つかしら?」
「くそっ、このままじゃキリがない!」
「私たちのスタミナには限界がある……長期戦になればこちらが不利だ」
リミカは消耗戦を仕掛けてきた。武器が強化されたとしても、私たちのスタミナが有限であることに変わりはない。スタミナが尽きてしまえば、こちらの負けだ。リミカ本体を叩こうにも、無限に召喚される親衛隊を突破することは困難だった。
『安心したまえ。こちらも応援部隊が到着した』
レーベンから通信が入る――管理局の職員たちはバックアップで手が回らないはずだ。私たち以外にブルーアースで戦える人間がいるとすれば……
「応援部隊ってまさか……!」




