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第57話 蘇る記憶

「カスミ、レーヴァテインはどこにあるんだ?」


 アイラさんが後ろから声をかけてくる。ブルーアースにログインした私たちは、かつて宗太郎が潜伏していた隠し部屋を目指していた。2年前にキャピタルシティの地下訓練場で投影した扉は、当時のまま残されている。


「……この階段を降りた先です」


 今思えば、あの隠し部屋は宗太郎が精神データを用いた研究を行うために用意した場所なのだろう。私たちにとっては忌むべき場所だった。


「うわ……ここ一体どうなってるんだ?」

「白い床に白い空が広がる空間……なんだか不気味だね」


 階段を降りた先には、宗太郎の部屋がそのままの形で残されていた。宗太郎が使っていた家具やノートパソコンも当時のままである。アイラさんとミントさんは、その異様な光景に驚きを隠せないようだ。


 だが、2年前にはなかったものが一つだけ増えている。それは宗太郎が自身のために用意したものではなかった。


「……あれはなんだ?」


 ミントさんがそれ(・・)に気づいた。視線の先には小さな墓石が建てられている。その墓石には名前すら刻まれていない。


「これは屋島宗太郎の墓です」

「宗太郎の墓? どうしてそんなものを……」


 ミントさんが怪訝(けげん)な表情を浮かべた。犯罪者である宗太郎の墓が残されていることに納得できないのかもしれない。


「これは宗太郎の妹……サクヤさんが残したものです」


 サクヤさんはブルーアースに宗太郎の墓を残していた。

 無論、宗太郎はここにはいない。あの男は最初から生きてはいなかった……だが、サクヤさんは宗太郎の魂を弔うために、この墓を建てたのだ。たとえ人の心を失くしていたとしても、宗太郎がサクヤさんの兄であることに変わりはなかった。


「まさか、この墓の中に……」

「そうです……レーヴァテインはここに封印されています」


 レーヴァテインは宗太郎の形見だった。サクヤさんは宗太郎の妹として、レーヴァテインを宗太郎の墓に納めることを望んだのだ。

 ……本来であれば、この墓とレーヴァテインはブルーアースと共に消え去るはずだった。サクヤさんから宗太郎への手向けとして――


「ごめんなさい、サクヤさん……」


 私は宗太郎の墓石に手を触れた。すると床が二つに割れ、中から白い棺がせり上がってきた。一切の装飾を排した純白の棺だった。


「この棺にレーヴァテインが……」


 アイラさんは神妙な面持ちで棺を見つめていた。私はためらいつつも、棺の蓋を開ける――


「なんだこれは……!」


 棺の中にレーヴァテインは残っていなかった……代わりに一粒のチョコレートが納められていた。

 チョコレートはブルーアースに存在しないアイテムだ。それを持ち込んだとすれば……



「私のプレゼントはお気に召さなかったかしら?」



「その声は……!」


 私たちが振り向いた先にいたのはリミカだった。その手には黒き魔剣――レーヴァテインが握られている。


「しまった! 先手を打たれたか……」

「ひどいこと考えるよね。レーヴァテインを使って私を消そうだなんて。やっぱり人間は邪悪な生き物よ」


 リミカはレーヴァテインを見せつけながら、私たちを冷笑した。よりにもよってレーヴァテインをリミカに渡してしまうとは……


「リミカ……レーヴァテインを渡すんだ。お前が自分の罪を認めるなら、私たちはお前を消したりなんてしない」


 アイラさんはレーヴァテインにも臆することなくリミカを説得しようとしていた。自分のPK行為がきっかけでリミカが罪を犯してしまった――彼女は自責の念に駆られているのだ。


「誰に向かってものを言っているのかしら? そもそもレーヴァテインはあなたの物じゃないでしょう? この剣は、屋島宗太郎が創り出した私にこそ相応しい武器なのよ」


 リミカはレーヴァテインを掲げて悦に入っていた。万物を破壊する魔剣に心を奪われているかのようだった。


「……渡すつもりがないなら、力ずくでお前を止める。それが私のけじめだ!」


 アイラさんが両手で大剣を構えた。続いてミントさんが、リミカにリボルバーの銃口を向ける。


「君のハッキングのパターンは解析済みだ。BCSを乗っ取ることはできないよ」


 今回ばかりはハッタリではない。私たちはリミカとの対決を想定し、HMDにハッキング対策を施していた。レーベンをはじめとするメタバース管理局の職員たちが協力してくれているのだ。


「リミカ……レーヴァテインを手にしたとて、あなたに勝ち目はありません。大人しく罪を認めて降伏しなさい」


 私は打刀の鯉口を切り、リミカを牽制した。しかしリミカは余裕の表情を崩さない。


「勝ち目がない? それはあなたたちの方よ。私には無敵の騎士たちがついているんだから……」


 リミカが指を鳴らすと、周囲に無数の騎士が出現した。ただの騎士ではない。絢爛(けんらん)な鎧と武器を装備した親衛隊だ。騎士たちは私たちを取り囲み、獲物を威圧するかの如く剣や槍を向けてくる。


「なんだこいつらは!?」

「私たちと同じPCなのか?」


 アイラさんとミントさんは、親衛隊を前に狼狽(ろうばい)していた。騎士たちは一見すると武装したPCのようにも見える。しかしその実態は――


「いえ、この騎士たちはPCではありません。無敵の親衛隊(インビンシブルガード)……ブルーアースで実装されるはずだった最強クラスのモンスターです」


 無敵の親衛隊――こいつらはベータテストには存在しなかったモンスターだ。騎士たちの正体は、魔法(・・)によって生み出された人造人間である。そのあまりにも突飛な設定が原因で、ベータテストへの実装が見送られていたのだ(魔法の概念の扱いについては、開発スタッフの中でも意見が真っ二つに割れていた)。


「こいつら一人一人が最強クラスのモンスターだっていうのかよ!?」

「あきらめるんじゃない! モンスターであれば倒すことはできるはずだ!」


 私たちは親衛隊を攻撃した。しかし騎士たちの鎧は剣も弾丸も通さない上、驚くべき反応速度で反撃を加えてくる。魔法によって装備と身体能力が飛躍的に強化されているのだ。ミラーアースからコンバートしてきたアンコモンの打刀では全く歯が立たない。最高クラスのステータスを誇る親衛隊の前に、私たちはあまりにも無力だった。


「だめだ! 攻撃が全然通用しない!」

「万事休すか……」

「ふふっ、レーヴァテインを頼りにここへ来たのは失敗だったわね。あなたたちは罠にかかったのよ。大人しく降参しなさい」



「本当にそう思いますか?」



「えっ?」


 リミカはキョトンとした表情で首を傾げた。彼女は私たちがレーヴァテインを確保しようとしていたことを逆手に取り、罠を仕掛けたつもりなのだろう。


 しかし、彼女は気づいていなかった。私たちが立てた作戦の本質に――


「罠にかかったのはあなたの方ですよ、夢島リミカ」

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