第56話 守るべきもの
シェルター内の監視モニターには、ミラーアース各所で動けなくなったプレイヤーたちが映し出されていた。
「リミカの捜索は続けているが、君たちと同じように身動きできなくなったプレイヤーたちが確認されている。我々はプレイヤーたちの救出で手が回らない状態だ」
「リミカの仕業ですか……」
「おそらくはな……シティ内ではモンスターが次々に出現し、暴走を続けている。このシェルターは高度なセキュリティで守られてはいるが、突破されるのも時間の問題だろう」
リミカにとって、ミラーアースのシステムを乗っ取ることは造作もないことだった。このままではプレイヤーたちが害虫同然に駆除されてしまうだろう。
『ケイン、プレイヤーたちの救出を優先してくれ。リミカが暴走を続ければ、ペインフルのメンバーのような犠牲者を出しかねない。メタバース管理局からも応援を送ろう』
現実世界のレーベンは、センチネルにプレイヤーたちの救出を要請した。ミラーアース中のプレイヤーを助けるには、センチネルの力を借りるしかない状況だ。
「既にセンチネルのメンバーが総出で対処にあたっているが、応答不能になっている者もいる……混乱を引き起こしているリミカ自体を止めることができなければ、我々も終わりだ」
「状況は思った以上に深刻ですね」
「……ケイン、リミカもサーバー上では単なるデータでしかないはず……システムの管理者であれば削除することも可能なのでは?」
ミントさんは厳しい表情のまま、ケインにリミカのデータ削除を提案した。リミカがサーバー上の存在なのであれば、データを削除することは可能かもしれないが……
「ミント、リミカを消すつもりなのか!? あいつが事件の犯人なら捕まえて、自分の罪を理解させるべきだろ!」
アイラさんは納得できない様子だった。リミカが許しがたい罪を犯したからこそ、彼女にそれを理解させる必要があるとアイラさんは考えていた。
「……残念だが、リミカが暴走を続けるようであれば、彼女を削除しなければならない。彼女にはネットワークへのハッキング能力がある。今はミラーアースだけで食い止められているが、もし外部のネットワークまで侵食されるようなことがあれば、どれだけの被害が発生するか見当もつかない」
「そんな……」
「ネットワークが機能不全に陥れば、現実世界のインフラだって機能しなくなる……それだけは避けなければいけないんだ」
現実世界の交通網や医療機関もネットワークで繋がっている。もしそれらの機能に障害が発生するようなことがあったら……
『やむを得ないか……ケイン、リミカのデータ管理はどうなっているんだ?』
「リミカのデータそのものはミラーアースのサーバーに存在している。だが、誰にも彼女を削除することはできない」
『どういうことだ?』
「リミカのPCデータには強固なプロテクトが施されている。我々にはそれを解除することができない」
PCデータへのプロテクト? 一体誰がそんなものを……
『まさか、そのプロテクトを施したのは……』
「屋島宗太郎……」
宗太郎はイマジノイドを敵視する人間が現れることを想定し、リミカに強固なプロテクトを施していたのだ。
「結論を言えば、リミカを創り出した宗太郎でなければプロテクトは解除できない」
「宗太郎は私が消してしまった……」
「そうだ、だから誰にも解除できないんだ」
『なんということだ……』
全ては宗太郎の算段通りであった。たとえ宗太郎が消されてもイマジノイドが古き人類を淘汰し、現実世界を崩壊させる。宗太郎は本気で現実世界を破壊しようとしていたのだ。
「……一つだけ対抗手段があるはずだ」
顔を上げたミントさんが、私に視線を向けてくる。
「対抗手段?」
「屋島宗太郎を消滅させた伝説の魔剣だよ」
『レーヴァテインか!』
レーヴァテイン――それは宗太郎が精神データを破壊するために創り出したツールであり、奴自身が消滅する原因ともなった曰く付きの魔剣であった。
「カスミ……君はレーヴァテインを使ったことがある唯一の人間だ。所在も知っているんだろう?」
「残念ですが、レーヴァテインは残っていません」
「えっ……」
私の返答が予想外だったのか、ミントさんは声を詰まらせた。
「レーヴァテインは武器ではありません。あらゆるデータを破壊し、復元不可能にするクラッキングツールだったんです。あんな危険なものを残しておくわけにはいかなかったんです」
「それじゃあレーヴァテインは……」
「ブルーアースと共に消滅しました。誰にもデータを回収することはできません」
プレイヤーたちがブルーアースから帰還した後、ブルーアースのサーバーは破棄されていた。ブルーアースの技術が悪用されることを危惧した政府の人間たちが、サーバーの破棄を決定したのだ。
「そうだったのか……」
ミントさんは肩を落とした。もはやリミカへの対抗手段は残されていないかと思われた。
「いや……ブルーアースはまだ残っている」
口を開いたのはケインだった。
「ブルーアースが残っているって……どういうことなんですか?』
「ブルーアースのサーバーはソムニウム社の研究施設に保管されている。破棄されるはずだったサーバーをそのまま移設したんだ」
「それって公にしたらまずい秘密だよね……」
破棄されたはずのサーバーが残っていた……何らかの裏取引が行われていたことは明白だ。
「……ソムニウムは秘密裏にブルーアースの技術を解析し、コピーするためにサーバーを保存していたんだ」
「そうか、だからリミカはブルーアースからミラーアースに侵入できたのか」
ソムニウムによってブルーアースのデータが解析された時点で、リミカは開発段階のミラーアースに侵入していたと考えるべきだろう。リミカはミラーアースに招き入れられたも同然なのだ。
『ケイン、ブルーアースからレーヴァテインを回収することは可能なのか?』
「ブルーアースはミラーアースと基本的な構造は同じだ。ミラーアースのPCデータをコンバートし、ブルーアース内に残っているレーヴァテインを回収することは不可能ではないだろう」
「ケインさん、ブルーアースがどこにあるのか教えていただけますか?」
レーヴァテインはリミカに対抗できる唯一の武器だ。曰く付きの代物であろうと、彼女の暴走を食い止めるためには必要な手段だった。
「……いいだろう」
「ケイン、待ってください! あなたは外部の人間にソムニウムの機密を漏洩するつもりですか!? そんなことをすればあなたは……」
エルザはケインの行動を咎めた。センチネルの構成員であるとはいえ、ケインの行動は明らかな越権行為だった。
「どのみち事態を収拾できなければソムニウムは終わりだ。手段を選べる状況でもあるまい」
「それはそうですが……」
エルザはそれ以上反論しなかった。ケインは自分の保身など考えていない。事態の解決を最優先に行動しているのだ。
「カスミ、これから君たちにブルーアースの保管場所を伝える。同時に君たちのPCデータのコンバートを進めておく。どうかレーヴァテインを回収してきてほしい」
「ケイン、あなたはここに残るつもりですか?」
「ああ……センチネルはミラーアースを守るために作られた組織だ。最後くらいは、その役割を果たしてみせるさ」
「……分かりました、レーヴァテインは私たちが回収します」
ブルーアースがまだ残っていた……私はあの忌まわしき世界へ再び足を踏み入れようとしている。
3年前、私がブルーアースにログインしたのは、自分の存在を否定し、現実世界から逃げるためだった……でも今は違う。私は現実世界を守りたいと思っている。
私が人間として生きるため。
大切な人が住む世界を守るため。
私は再びブルーアースへの扉を開いた――




