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第53話 悪意の正体

 事件の発生から数日後、私とミントさんはアイラをミラーアース内のスタジアムに呼び出した。

 スタジアムはプレイヤー同士の対戦イベント用に作られた施設だ。現在イベントは開催されていないので、私たち以外には誰もいない。透明なドーム屋根の向こう側に灰色の雨雲が見えていた。


「二人とも何の用だ? こんなところに呼び出したりして」

「説明しなくても分かっているだろう?」


 ミントさんはアイラに責めるような視線を向けた。


「アイラさん、単刀直入に言いますが、私たちはあなたを疑っています」

「なっ……」


 アイラが大きく目を見開いた。


「驚きましたよ。まさかあなたがソムニウムの社長令嬢だったとは」

「どうしてそのことを……」

「カスミと一緒に現実世界で君のことを調べていたんだ。事件の容疑者にしては、君はあまりにも丁重な扱いを受けていたからね。不審に感じていたんだよ」


 アイラは殺人未遂の容疑者なのだ。本来であれば身柄を拘束されていても不思議ではない。現実世界で彼女への取り調べが行われなかったのは、ある種の忖度(そんたく)が働いた結果だった。


「ミラーアース内で事情聴取を行ったのも、メタバース管理局の目を欺くための偽装工作だった……そうでなければレーベンさんの事情聴取への同行を認めるはずがない」

「ソムニウムには、なんとしても隠さなければいけない事実があったんだ」

「お、お前たちは一体何を話しているんだ!?」


 ソムニウムはアイラを世間から隠匿(いんとく)することによって重大な事実を隠そうとしていた。その事実とは――


「ソムニウムは事件の詳細を公にしようとしなかった。なぜなら、あなたが今回の事件の犯人だからだ」

「ち、違う!」

「とぼけても無駄だよ。私たちは、君の父親が隠蔽工作を図っていたことも突き止めたんだ……娘の犯罪を世間から隠すためにね」

「そんな話はデタラメだ! 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」


 アイラは必死に否定するが、彼女の父親が情報操作を行ったことは紛れもない事実だった。


「馬鹿にしているのは君の方だろ? 私は現実世界でも探偵なんだ。君が事件の犯人であることは最初から気づいていたんだよ」


 ミントさんは容疑者であるアイラに冷酷な態度で接していた……彼女は最初から全てを知っていたのだ。


「う、嘘だろ……」

「現実から逃げようとしても無駄ですよ。あなたには代償を払ってもらいます……」

「――!」


 私はアイラに斬りかかった。アイラにキルされれば、現実世界の私は無事では済まない。本気で彼女と戦わなければならないのだ。


「カスミ! やめろ!」

「やめるのはあなたの方です! 現実世界のプレイヤーを殺そうとするだなんて……私にはあなたを許すことができない!」

「こいつ……ふざけやがって!」


 アイラは大剣を構え、怒りの形相を向けてきた。一度火がついてしまえば、彼女は自分の衝動を抑えることができない――


「本性を見せましたね……やはりあなたは悪意の塊だ!」


 私はアイラに向けて打刀を振り下ろす。


「や、やめろおぉっ!」


 アイラは私に向けて大剣を振り抜いた。





「ぐああぁぁっ!」





「あ……」


 カスミの胴体が真っ二つになっていた。アイラの大剣がカスミの身体を斬り裂いたのだ。


「カスミ!? しっかりしろ、カスミ!」

「そ、そんな……」


 アイラは、動かなくなったカスミを前にして立ち尽くしていた。


「アイラ……君はなんてことをしたんだ!」

「え……?」

「現実世界のカスミが死んでしまったんだぞ! 君は自分のやっていることを理解していないのか!?」


 アイラにキルされたプレイヤーは現実世界でも死ぬ――アイラは紛れもない死神であった。


「う、うわああぁっ!」


 アイラは逃げ出した。カスミを殺してしまったという事実から逃げ出した。





 アイラは虚ろな表情でサイレンスシティへ戻ってきた。街には雨が降りしきり、アイラはびしょ濡れになっていた。


「し、死神だ!」

「死神のアイラだ……殺されるぞ!」


 アイラを見つけたプレイヤーたちは一目散に逃げていく。アイラが行きつけのカフェにたどり着く頃には、街からは誰もいなくなっていた。


「私、また一人ぼっちになったんだな……」


 アイラは気に入らない相手を全て潰して生きてきた。社長令嬢として育てられた自分を妬む者も、媚びを売る者も、全てが敵だった。目障りな相手を消さなければ、彼女の怒りは収まらなかった。

 嫌いな人間を全員倒して、全てを否定して、そしていつも一人になっていた。彼女のそばにいてくれる人間など存在するはずもなかった。


「カスミはどうして私から逃げようとしなかったのかな……」


 アイラはミラーアースで出会ったばかりのカスミをキルしようとした。普通に考えればカスミはアイラを忌み嫌い、距離を置こうとするはずだ。

 だけどカスミはアイラから逃げようとはしなかった。センチネルで事情聴取を受けなければいけなくなったときも、レーベンに無理を言って同行してくれたのだ。


 だが、カスミはもういない。アイラが殺してしまった。たとえ彼女がそれを望んでいなかったとしても、事実は変えられない。



「アイラ、そんなところで何をしているの?」



 消沈するアイラの前にリミカが現れた。不思議なことにリミカの周りだけは雨が降っていない。彼女の身体には雨粒一つ付いていなかった。


「リミカは私が怖くないのか?」

「当たり前じゃない。私はあなたの友だちなのよ」

「リミカは私が悪人だと思うか?」

「そんなことあるわけないじゃない。あなたは何も悪いことなんてしてない。私は全部知っているわ」


 生気を失ったアイラの前で、リミカは笑顔を振りまいていた。まるで本物の妖精のように――


「でも、カスミは私のことを悪意の塊だと言っていたんだ。もしかしたら私は本当に……」

「カスミ? あんな人の言うことなんて気にする必要ないわ……カスミはもうこの世にいないんだから」





「――誰がこの世にいないですって?」





 私はカフェの扉を開いて二人の前に姿を見せた。


「なっ……なんでカスミがまだ生きてるのよ!?」

「おや? どうして私が死んだと思っていたんですか?」

「……」


 リミカは身体を震わせながら私を睨んでいた。彼女にとって私の生存はイレギュラーだったのだ。


「カスミ……無事だったのか!?」

「ごめんなさい、アイラさん。あなたにひどいことをしてしまって」

「全ては仕掛人をあぶり出すための芝居だったんだよ」


 私の後ろからミントさんが顔を出した。彼女が現実世界に私を呼び出したのは、仕掛人に策を察知されないようにするための措置だったのだ。


「仕掛人って、まさか……」

「そうです。夢島リミカ……あなたがBCSのリミッターを解除した犯人だったんですね」

「何を言っているのかよく分からないんだけど……」


 この期に及んでリミカはしらばくれていた。しかし、美徳の探偵を誤魔化すことはできない。


「今更そんな嘘は通用しないよ。カスミのHMDに対して行われたハッキングを逆探知したんだ。君が攻撃者であることは特定済みさ」


 実はこれはハッタリである。本当はハッキングの逆探知なんて行っていない。ミントさんはリミカが犯人であることを確信した上で罠を仕掛けた。


「ハッキング? おかしなこと言わないでよ。ハッキングでBCSのリミッターが解除されていれば、カスミは死んでいるはずよ」


 動揺したリミカはハッキングを否定するが、自ら犯行方法を漏らしていることに気づいていない。リミカとの会話内容は、ミントさんが全て録音していた。


「やっぱりね……君がBCSのリミッターを解除してカスミを殺そうとすることは予想の範疇(はんちゅう)だった。だから、事前にメタバース管理局のレーベンに協力を頼んでおいたんだよ」

「まさか……!」

「そうです。現実世界のレーベンさんに頼んで、私がゲーム内でキルされる直前にBCSのリミッターを再設定してもらったんです」


 危険な賭けだった。現実世界のレーベンがサポートしてくれていたとはいえ、リミッターの再設定が間に合わなければ、私は死んでいたかもしれないのだ。


「ミラーアースはゲームだからね……現実世界のカスミが生きていればPCは復活可能だ」

「馬鹿な……」


 狼狽(ろうばい)したリミカは歪んだ表情を晒した。アイドルとして仮想世界を席巻(せっけん)していた彼女の正体は、卑劣な犯罪者だった。


「ミラーアース内の事象は把握できても、現実世界のことまでは把握できないようですね」

「リミカ、どうしてカスミを狙ったんだ!」

「……」


 アイラさんが詰問するが、リミカは何も答えようとはしない。犯行方法を自供してしまった以上、今更黙秘したところで手遅れだ。


「リミカの目的は特定の人間を殺すことではありません。アイラさんに現実世界の人間を殺害させること自体が目的だったんです」

「アイラがゲーム内でキルしたプレイヤーを現実世界で死亡させ、アイラを文字通りの死神に仕立て上げる……悪趣味にも程があるね」


 リミカはミラーアース内で常にアイラさんの行動を監視していた。アイラさんがPKを行うタイミングを見計らい、BCSのリミッターを解除しようと目論んでいたのだ。


「……ふふっ、ただの(・・・)人間にしては上出来ね。だけど私の本質に気づいていない。それがあなたたちの限界なのよ」


 黙秘を続けていたリミカが口を開いた。もはや邪悪な本性を隠そうともしていない。


「君の本質は犯罪者だ。私の目は誤魔化せないよ」

「犯罪者? 何それ、意味分かんない」


 ミントさんの指摘にもリミカはおどけてみせた。その態度からは罪の意識など微塵(みじん)も感じられない。


「今に分かるさ……現実世界の君は逮捕されるんだ。BCSを悪用し、人間を殺そうとした罪でね」

「……ははっ、やっぱり何も分かってない。誰も私を逮捕することなんてできないわ」

「なんだって?」


 自身の罪を突きつけられても、リミカは余裕の態度を崩さなかった。


「あなたは現実世界で私の姿を見たことがあるの? 私がどこに住んでいるか知っているの?」


 バーチャルタレントであるリミカの素性は公式には明かされていない。しかし、その本当の理由は――


「リミカ、まさか君は……」

「そうよ、現実世界に私は存在しない……私はブルーアースで生まれた『イマジノイド』なんだから」

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