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第50話 死神

 エルザに代わり、ケインは机を挟んでアイラさんの前に座った。取り調べ室に設置された無機質な鉄製の机が、鈍い輝きを放っている。


「アイラ、君がペインフルのメンバーをキルした経緯は知っている。私は君のミラーアース内でのPK行為そのものを責めるつもりはない」

「だったら黙って私を帰してくれないか?」


 アイラさんはペインフルのメンバーをゲーム(・・・)の中で倒しただけだ。PKが禁止行為でない以上、運営側の人間に(とが)められる(いわ)れはない。


「そうしたいのは山々だが、我々には事件の原因を突き止める義務がある」

「それはアンタたちの仕事だろ。私には関係ないね」

「君がキルしたプレイヤーたちが同じ症状で意識を失ったのは単なる偶然だろうか? 君に自覚がなくとも、君は事件に関与している可能性がある」


 自覚がなくても事件に関与している? ケインはミラーアースのシステムに異常が生じていることを感づいているのか……


「自覚がないのに事件に関与してるだって? アンタの馬鹿な推理に付き合うつもりはないよ」

「……事件の原因が解明できなければ、ミラーアースはサービスが継続できなくなる可能性が高い。現実世界でVR規制派が目を光らせていることを知らないわけではないだろう」


 レーベンの推測通り、ソムニウムはVR規制派の動きを警戒しているようだ。システムの異常が表沙汰になることは、彼らにとって避けねばならない事態だった。


「……何が言いたい」

「君は現実世界に居場所がない。ミラーアースは君にとって必要な場所ではないのか?」


 ケインはアイラさんの身の上を知った上で、彼女を挑発するような態度を取ってきた。はっきり言って不愉快極まりないやり口だ。


「だめです……見ていられません。こんなの事情聴取じゃない!」


 仮初(かりそめ)にも治安維持組織の構成員が、個人の人格に対するハラスメントを行うなど言語道断だ。私は今すぐにでも事情聴取を中止させたかったが、隣にいたレーベンが制止してきた。


(こら)えろ……今、戦っているのはアイラ自身なんだ」

「しかし……!」


 取り調べ室の扉は厳重にロックされている……今の私たちに、アイラさんを助けることは叶わない。レーベンは全てを理解した上で、ケインたちに険しい眼差しを向けていた。


「……私が本気でそう思っているなら、ミラーアースがなくなるような事件を起こすわけがないだろ」


 アイラさんは手を震わせながら、ケインを睨みつける。彼女は怒りを抑えるのに必死だった。


「そうだな。では真犯人を知りたいとは思わないか?」

「真犯人?」

「ペインフルのメンバーはいずれも多くのプレイヤーから恨みや憎しみ……悪意を集めていた人間たちだ。容疑者は君だけではない」


 ケインは真犯人の存在を示唆しつつも、アイラさんを事件の容疑者扱いしてきた……そもそも今回の事件は人為的なものなのか? ソムニウムが事件の詳細を公にしないのには、何か裏があるんじゃないのか?


「私を容疑者から外すつもりはないってわけね……」

「君が事件と関わりがないというのであれば、自分でそれを証明してみせることだ」

「……いいだろう。アンタの挑発に乗ってやるよ!」


 アイラさんは憤怒の形相で、眼前の机に拳を叩きつけた。後ろにいたエルザがすぐさまアイラさんの手を掴んだが、ケインは顔色一つ変えていない。


「そう言ってくれると信じていたよ、『死神』のアイラ」


 事件の発生を境に、アイラさんは「死神」と呼ばれるようになった。アイラさんにキルされたプレイヤーは現実でも死ぬ――そんな馬鹿げた噂をプレイヤーたちは本気で信じるようになったのである。





「ごめんなさい、アイラさん……」


 センチネル本部を出た後、私はアイラさんに謝罪した。


「どうしてカスミが謝るんだよ?」

「だって私、あなたが容疑者扱いされるのを黙って見ていることしかできなくて……」


 事情聴取に同行したところで、私にできることは何一つなかった。やはり私は無力な人間なのか……


「気にしなくいいよ。真犯人を見つければ解決する話さ……もっとも、私がそいつを見つけたら本当に殺しちまうかもしれないけどな」


 アイラさんは自嘲(じちょう)気味に語った……アイラさんは本気で人を殺すような人間じゃない。ペインフルのメンバーと戦ったのだって、リミカを助けるためじゃなかったのか?


「メタバース管理局でも事件について調査を進めているが、有力な情報は掴めていない。現実世界でも被害者と関わりのある人間を調べているが、容疑者の割り出しすらできていない状況だ」


 既にレーベンをはじめとするメタバース管理局の調査員たちが動いているが、調査は難航しているようだ。ソムニウムが事件の詳細を隠そうとしている現状では、有益な情報を入手するのは難しいだろう。


「今はアイラさんの無実だけでも証明しなくてはなりません。ミラーアースの内情に詳しい人物の協力を得たいところですが……」

「それならば心当たりがある。仮想世界での事件を専門とする探偵がいるんだ。ブルーアース事件についても真相の一歩手前までたどり着いていたらしい」

「探偵……ですか。現実世界でその人に会う必要がありそうですね」


 ブルーアース事件を調査していた探偵……興味深い相手ではあるが、現実世界で「私」の正体を晒すのは流石に気が引ける。


「いや、その必要はない」

「どういう意味です?」

「ミラーアースに彼女の探偵事務所があるんだ。普段は不在にしていることがほとんどだが、今ならば事件を聞きつけてログインしているはずだ」


 ゲームの中に探偵事務所を作ったのか? ロールプレイにハマったゲーマーみたいな探偵だな……


「ゲームの中に探偵事務所だなんて……現実と虚構の区別がつかなくなりそうですよ」

「現実でも虚構でも構わない」


 アイラさんは真剣な表情で口を開いた。今の彼女はゲームに興じる少女ではない。自らの無実を証明すべく、戦いに身を投じているのだ。


「レーベン、私をその探偵がいる所まで連れて行ってくれ。私は何としても事件の犯人を見つけ出さなきゃならないんだ」

「分かった……彼女ならば事件の真相を解き明かしてくれるはずだ」

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