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第49話 許されぬ遊戯

 ミラーアースでアイラさんにキルされたペインフルの三人のプレイヤーは、現実世界で急性心不全を起こし、病院へと救急搬送された。三人は未だに意識が戻らない状態であった。

 ミラーアースを運営するソムニウム社は三人が意識を失ったことについて、ミラーアースのシステムとの因果関係を否定し、極度の興奮状態によるアドレナリンの急激な上昇が原因だと考えられる旨を発表した。


 一方、ミラーアース内ではソムニウム社直属の治安維持組織「センチネル」がペインフルのプレイヤーをキルしたアイラさんに対して事情聴取を行うことになった。表向きは同様の事故(・・)の再発を防止するためのものとされているが、センチネルがアイラさんに嫌疑をかけていることは明らかだった。

 私とレーベンはメタバース管理局を通じて事情聴取への同行を申し入れ、アイラさんと共にミラーアース内のセンチネル本部へと足を踏み入れていた。





「事件の事情聴取をゲームの中で行うなんて聞いたことがありませんよ」


 私とレーベンは、アイラさんと共に取り調べ室の中で待ちぼうけを食わされていた。部屋に設置された複数台の監視カメラが私たちを追視してくる。センチネルの連中は、事情聴取への同行を申し入れた私とレーベンの素性を調べているようだ。


「ソムニウムは今回の事件を大事にしたくないんだ。ブルーアース事件の後、現実世界ではVR技術を危険な技術として規制しようとする派閥ができた。もし事件とミラーアースのシステムに因果関係が認められるようなことがあれば、ソムニウムにとっては大きな痛手を(こうむ)ることになる」


 ゲーム内で発生した事件の詳細……アイラさんがペインフルのメンバーをキルした経緯については、公式には発表されていない(無論、リミカの配信を視聴していたプレイヤーたちの間では公然の秘密である)。ゲーム内でキルされたプレイヤーが心不全を起こしたなどと騒がれては、ソムニウムがミラーアースの運営に支障をきたすことは想像に容易(たやす)い。


「……なるほど、今回の事情聴取はミラーアースのシステムに問題があることを公にしないようにするための措置というわけですか」

「彼らもミラーアースに異常が生じていることは薄々気づいているんだ。問題が公になる前に自分たちだけで事件の原因を突き止めようとしているのだろう」

「……」


 アイラさんは俯いたまま黙り込んでいた。自分がゲーム内でキルしたプレイヤーが現実で意識不明になるなど、夢にも思わなかっただろう。


「アイラ、君をこんな目に合わせたのは私の責任だ。あの時、私が君を引き止めていれば……」


 レーベンはアイラさんを配信会場へ行かせてしまったことを後悔していた。今回の事情聴取への同行を申し入れたのも、彼女への配慮だった。


「レーベンが気にする必要はないだろ。ペインフルのメンバーをキルしたのは私なんだからな」

「アイラさん、今回の事件はあなたのせいじゃありません。私はあなたが無実であることを知っています」

「カスミ、私は大丈夫だよ。いつも誰かに恨まれて生きてきたからな……」


 アイラさんは虚ろな表情で答えた。今の彼女には、初めて会った時のような活力は感じられなくなっていた。


「あれ……この部屋、なんだか歪んでいませんか?」


 目の前の空間が急に歪み始めた。HMDの画面にノイズが走り、耳鳴りが聞こえてくる。


「……彼ら(・・)が到着したようだ」


 レーベンが視線を向ける先に、男女二人組のPCが転送されてきた。


「初めましてアイラさん。私はセンチネルのエルザよ。今回の事情聴取を担当させてもらうわ」

「……センチネル所属のケインだ」


 現れたのはセンチネルの構成員だった。彼らには、一般のプレイヤーが使用できない転送装置の使用権限が与えられているようだ。


「メタバース管理局情報課のレーベンだ……本人確認は必要かね?」

「その必要はない。PCとプレイヤーのパーソナルデータは照合済みだ。もとよりミラーアースでなりすましは不可能だがな」


 ケインたちは、BCSを通じてPCとプレイヤーのパーソナルデータの照合を行っているようだ……私の正体もバレてるわけか。


「そうか……事情聴取への同行を許可してくれたことには感謝する」

「問題はない。むしろメタバース管理局の人間が出向いてくれるとは願ってもないことだ。今回の事情聴取が公正なものであることの証明になるだろう」

「……早速だけど、アイラさんへの事象聴取を行わせてもらうわ。同行者のお二人は隣の部屋に移動してもらえるかしら?」


 エルザは、私とレーベンに取り調べ室から出て行くように促してきた。彼女は明らかに私たちを邪魔者扱いしていた。


「そんな……それじゃ私たちが同行してきた意味がないじゃないですか!」

「安心して。隣の部屋からでも取り調べ室の様子は見えるようになっているわ」

「ですが……!」


 エルザとケインは、耐刃プロテクターとスタンロッドを装備している。当然のことだが、アイラさんは武器を取り上げられているので抵抗はできない。

 そもそも今回は事故に関する事情聴取ではなかったのか? いつの間にかアイラさんが殺人事件の容疑者のように扱われていることに私は危機感を覚えていた。


「カスミ、ここは彼らに従おう。彼らとて私たちが見ている前で不当な取り調べを行うつもりはないだろう」

「……カスミ、私は一人でも大丈夫だ。ここまでついてきてくれてありがとう」

「アイラさん……分かりました。でも危険を感じたら私たちを呼んでくださいね」


 私はしぶしぶ取り調べ室を出て行こうとする。その時、後ろからケインが声をかけてきた。


「君は我々を信用していないようだな、ブルーアースのカスミ」


 この男……やはり私の正体を知っているな。


「以前にも同じような目にあったことがあるんですよ。あなたたちが公正な人間であることを期待しておきます」


 隣の部屋に移った私とレーベンは、取り調べ室の様子をうかがった。部屋の壁はマジックミラーになっており、取り調べ室の中が見えるようになっている。マジックミラー越しに、取り調べ室の椅子に座らされるアイラさんが見えた。


 エルザが取り調べ室のコンソールのスイッチを押すと、周囲の空間に三人のPCのプロフィールが投影された。アイラさんがミラーアースでキルしたペインフルのメンバーだ。


「9月14日20時28分――あなたはペインフルのメンバー三人をミラーアース内でキルした……間違いないわね?」

「……そうだよ」

「三人はミラーアースであなたにキルされた直後、現実世界で急性心不全を起こし、意識不明になった……救急搬送が間に合わなければ、そのまま命を落としていたでしょうね」


 人間が急性心不全を起こした場合、心臓の機能が急激に低下し、血液を正常に循環させることができなくなってしまう。そんな状態で放置されれば、死を避けることはできない。


「私をここへ連れてきた理由はなんだ? 言いたいことがあるならはっきり言えよ」

「……あなたは彼らが急性心不全を起こしたことについて、何かを知っているんじゃないの?」

「面白いこと言うんだな。私にはゲームの中でキルしたプレイヤーを現実世界で死亡させる能力があるとでも言いたいのか?」


 詰問を続けるエルザを相手に、アイラさんが敵意を剥き出しにする。アイラさんがペインフルのメンバーを敵視していたとしても、現実世界で殺害する理由はない。センチネルとて、それは理解しているはずだが……


「そこまでは言ってないわ。ただ、現実世界で起きた事件とあなたの行動の因果関係を疑っているのよ」

「……一つ言っておくけど、ペインフルはミラーアースでろくでもないことばかりやってた連中だ。アンタたちなら知ってるだろ」

「どんなプレイヤーであろうと人間であることに変わりないわ。私たちにはプレイヤーを守る義務があるのよ」

「殺人ギルドの蛮行は見逃してたくせに、そいつらが死にかけたら正義の味方気取りか。笑えるね」


 アイラさんは(いびつ)な笑みを浮かべながら皮肉を口にした……確かにセンチネルの行動には不審な点がある。本来であれば危険分子として監視されているはずのペインフルのメンバーが、イベント会場に侵入できたのはなぜだ?


「私たちは、あなたの行動を全て知っているのよ。気に入らないプレイヤーをキルして屈服させる……褒められた行為ではないわ」

「なんだと……」

「――二人ともそこまでにしろ」


 口論を続ける二人の間に、ケインが割って入る……アイラさんを責め立てる連中の真意は何だ?

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