第48話 見えざる悪意
厳重な警備の元、開催されていた夢島リミカのゲーム内イベント。そこへ悪名高き殺人ギルド――ペインフルが現れた。
「おかしいですよ!? 周囲のエリアは警備されているはずなのに、どうやって……」
乱入者が現れたにもかかわらず、配信は続いていた。イベントを邪魔されたリミカは怒りをあらわにする。
「ちょっと、私の配信を邪魔しないでちょうだい!」
「……警告を無視したな?」
不気味な男の声が響いた。覆面に変声機が仕込まれているようだ。
「お前には死んでもらう」
ペインフルのPCが手にしていたサブマシンガンを乱射した。サブマシンガンはミラーアースで追加された新しい射撃武器だ。ライフルに比べて威力や精度は劣るものの、その連射性能の高さは欠点を補って余りある。連射された弾丸は廃工場の壁を穴だらけにしていった。
「きゃああっ!」
リミカは悲鳴を上げ、その場にかがみ込んでしまった。
「一体何が起こっているんだ!?」
「早くリミカを助けろ!」
サイレンスシティで配信を視聴していたプレイヤーたちの間にも、どよめきが起きた。
「まさか、本当にペインフルが現れるだなんて……」
「警備を掻い潜ってきたのか? そんなはずは……」
シティの中にいる私たちは配信を見守ることしかできない。アイラさんはどこにいるんだ……?
ペインフルの男がサブマシンガンを撃ち続ける最中、リミカの両脇にいたクロスとテツジは、彼女を庇うように前に立った。
「リミカさん、逃げてください!」
「ペインフル……彼女に手を出したことを後悔させてやるぜ!」
二人はイベント用に貸し出されていたロングソードを手に、ペインフルのPCへと迫った。敵が連射可能な射撃武器を装備しているとはいえ、2対1であれば勝機はあるはずだった。
「……愚か者が」
突如、工場の支柱から二つの影が飛び出してきた――いずれもペインフルのメンバーだ。ペインフルの二人組は装備していたマチェットで、クロスとテツジの首を斬りつけてきた。
「あっ――」
ゴトッ、と二つの首が落ちる音が聞こえた。二人は悲鳴を上げる間もなく絶命してしまった。
「い、嫌ぁ! なんでこんなひどいことするのよ!」
二人の死体を目にしたリミカは完全にすくみ上がってしまった。もはや戦う気力は残されていないようだ。
「弱者は生きることを許されない……それがこの世界のルールだ」
ペインフルの三人がリミカに迫る。その時――
「――そうか。ならお前たちを殺しても問題ないってわけだ」
ペインフルのメンバーの背後から、大剣を担いだアイラさんが現れた。
「ランカーPKのアイラだと!」
「……こんな話は聞いていないぞ」
「俺たちの邪魔をするつもりか……」
アイラさんの姿を前に、ペインフルの三人はたじろいだ。新たな乱入者の出現は、彼らの計画には含まれていなかったらしい。
「かかってきな。三人まとめて相手してやるよ」
アイラさんは手招きしながら三人を挑発した。自分からは動かずに、相手を先に動かすことでスタミナの消耗を抑えるつもりのようだ(重量のある大剣はスタミナの消耗が増加するデメリットがある)。
「……左右に回り込め。俺が発砲すると同時に攻撃しろ」
サブマシンガンを手にしていたリーダー格の男が、残りの二人に指示を出した。二人はマチェットを構えたまま、アイラさんの左右に移動する……三方向からの包囲攻撃を仕掛ける構えだ。
包囲が完了すると同時に、リーダー格の男がアイラさんに向けてサブマシンガンを連射した。近接武器しか装備していないプレイヤーにとっては、かなりの脅威だ。弾幕を形成されれば近づくことさえ難しい。
対するアイラさんは大剣を正面に構え、刀身を盾代わりにして銃弾を防いだ。フルオート射撃は集弾率が低くなるため、距離が開いた状態ではほとんど当たらない。だが足を止めている間に、両脇からマチェットを装備したペインフルの二人が迫る――
「とろいんだよ!」
「――なっ!?」
アイラさんは敵がマチェットの間合いに入るよりも先に、大剣ごと身体を回転させて周囲を薙ぎ払った。
「ぐわあぁぁっ!」
振り抜かれた大剣がペインフルの二人を真っ二つにする――切断された二人の上半身が回転しながら宙を舞った。
「くっ、くそっ!」
一人残されたリーダー格の男がサブマシンガンの引き金を引く――しかし、銃口から放たれる弾丸の雨は途切れてしまった。
「しまった!」
リーダー格の男はミスを晒していた。サブマシンガンは連射性能に優れるがゆえ弾切れも早い。一心不乱に連射している内に弾倉が底をついていたのだ。
男は慌ててリロードしようとするが、ランカーPKがその隙を見逃すはずもない。大剣を振りかぶったアイラさんは、男に向けて突撃していた。
「一ついい事を教えてやる……他人を殺そうする奴はな、自分が殺されても文句は言えないんだよ!」
「ちくしょうがっ!」
リロードが間に合わないと判断したリーダー格の男は、隠し持っていたナイフを抜くが既に手遅れだった。
「ぐうあぁぁっ!」
アイラさんは男を袈裟斬りにした。致命傷を受けたリーダー格の男が地面に崩れ落ちる。
「ゔっ、ああっ、アアアァッ!!」
胴体を切り裂かれた男は、おぞましい悲鳴を上げて死亡した。
「……気持ち悪い声出すんじゃねーよ」
ペインフルを始末したアイラさんは顔をしかめつつ、その場を後にしようとする。
「アイラ……本当に来てくれたのね!」
しかし、後ろから駆け寄ってきたリミカがアイラさんに抱きついた。
「わわっ!」
アイラさんが驚きの声を上げた。先程までの殺気立った表情は鳴りを潜めてしまっている。
「私、あなたが悪い人たちと戦ってることを知っていたの。必ず来てくれると信じていたわ」
「ちょ、ちょっと近いって!」
殺人ギルドを始末したランカーPKと新進気鋭のバーチャルタレント――美少女同士のツーショットに視聴者たちは熱狂していた。
「アイラ、お願いなんだけど、私の友だちになってほしいの」
「え、えぇっ!?」
突然の申し出にアイラさんは困惑を隠せない。リミカはアイラさんに輝く瞳を向けている。
「だめなの?」
「あ、あのさあ、バーチャルタレントが一般のプレイヤーと仲良くなるのはまずいって」
「じゃあ、あなたもバーチャルタレントになればいいのよ! 私とコラボすればいつでも一緒にいられるでしょ?」
「そ、そんなの無理だってば!」
アイラさんはリミカを突き放すと、その場から逃げ出してしまった。
「そんなぁ……待ってよアイラ!」
逃走するアイラさんをリミカが追いかけるところで配信は終了した。
「まるでヒーローショーですね」
「そうだな……」
大盛り上がりの観客たちをよそに、私とレーベンは真っ暗になった大型ビジョンに冷めた目を向けていた。
「ふふーん、どうだ? これで私の実力が分かっただろ?」
街に戻ってきたアイラさんは得意げな表情で話しかけてきた。
「ええ、とてもよく分かりました……」
彼女はペインフルを倒して上機嫌になっていた。その気質は、殺し屋として悪人と戦っていたレイカさんとはまるで異なる。アイラさんは悪意を滅するためではなく、あくまでゲームとして悪人と戦っているに過ぎないのだ。
「そういえば、レーベンはどこに行ったんだ?」
「メタバース管理局から連絡が入ったと言っていましたが……」
「カスミ、大変なことが起こった!」
レーベンが血気迫る表情で駆け寄ってきた。
「レーベンさん、何事ですか?」
「ペインフルのプレイヤーが意識不明になった! 三人とも急性心不全を起こして病院に救急搬送されたんだ」
急性心不全? 三人揃って?
「三人ってまさか……」
頭の中に不安がよぎる。本当の意味であってはならないことが起きている……
「……そうだ、搬送された三人はアイラにキルされたプレイヤーだ」
「なんだって!?」




